第165話~尊敬にも似た何か~
試験で普通に1位を取った後、私はキョロキョロと周りを見渡して彼を探す。幸いにして、あの大きな最上という人のガタイは印象的だったので見つけること自体は簡単。
だが、チーム戦で同じメンバーだった人と話し合いをしている様子で、どうすれば話しかけられるのだろうか? と悩んでいるうちに、彼の隣にいつの間にか座ってしまっていた……。
私は諦めたように、誰かが違和感に気づいて声をかけてくれることを願う。幸いにして、集まりで唯一の女性探索者……ちょっと怖い人が話を振ってくれたので、自然な流れで会話に入ることには成功。
なぜ怖いと言ったかは試験での出来事を思えば当然。凍らせた足を他人の剣で切って、痛みに耐えながら私が動揺しているうちに《回復》して斬りかかってきたのだ。私には到底真似出来ない……。
そうこうしているうちに試験の結果発表があったが、私は当然合格。驚いたのは彼……空がF級探索者だったこと。どう考えても間違い。あれがF級なら、私はE級かD級で十分……。
とにかく、色々と聞きたいことがあるからと声を掛けると、何故か兄貴と空が闘うハメになっていた。でも私も興味もあったので賛成する。
結果は兄貴の敗北だった。でもそれは私が勝負に水を差したから……。空はフォローしてくれたけど、帰った時には兄貴に珍しく怒られた……でも、いつもふざける兄貴が怒ってくれた事自体は、何故かとても嬉しく感じられた……。
そうそう……空はやっぱり江部一香さんの弟子だった。しかも、ちょっと習っただけの私とは違う、正真正銘の弟子……。
どんな理由から、S級の弟子がF級になったのは分からない。ただ、F級の空は私と違い、諦めなかった……逃げなかったのだ。
自分の等級を正しく理解して、それでもひたすら努力を続けたのだろう。私との闘い、兄貴との闘いでそれはよく分かった……。
私は空に、憧れに近い何かを抱いている。S級探索者の弟子なのだ。さぞ色眼鏡で見られた事だろう。だからこそ、試験前に私にもあんな言葉を言えたんだと思う。私はそれが、とっても嬉しかった……。
*****
「分かった? 私にはもう……過去のトラウマは、無いの。ううん。正確には、違う……それ以上の、希望があるの。だから私は、折れない……。兄貴や家族には、いっぱい迷惑を、掛けた……。今までの光景は、それをより、再認識させてくれた。……だからこそ、帰ったらいっぱい親孝行を、するつもり。だから……早く私を、目覚めさせて……!」
自分の過去を見ることでむしろ意思が固まり、私は改めて宣言する。
「はは、そういう事かい……つまらないね。氷花はもう、ここに来る前に自分で解決してたとか……兄貴としちゃあ悲しいよ。でも良いよ、もう時期に君は目覚める。悪夢に勝ったんだからね」
「そう……ありがとう」
「ん? なんでここで氷花がお礼するんだ?」
「私にこの夢、見せてくれたから……。私のダメなとこ、いっぱい理解できた……。だから、そのお礼……」
「……ははっ、初めてだよ。悪夢を見せてお礼を言われたなんて……」
次の瞬間、私の視界は光に包まれた。
***
「……んっ、う……?」
視界が元に戻る。入ってきたのは濃い深緑色の葉に、人間の胴の何倍もある巨木……。少しだけ湿った柔らかい地面も、手のひらに感じた。
どうやら誰かが気にもたれかかるように移動させてくれたらしい。隣には琴香とヘレスもいる。あとサリオン師匠に、アムラスと……空も、ちゃんといる。
どうやら私が1番初めに目覚めたらしい。どれぐらい時間が経った? と思い、当たりを見渡して氷の柱を見つける。
これは予め私が作っておいたもので、溶け具合からどれぐらいの時間が経っているのかを割り出そうとしておいだのだ。見た限り……。
「意外……5分も、経ってない……!?」
氷を見た限り、地面が他より少しだけ湿っている程度。夢の中であれだけの時間を過ごしたにも関わらず、現実ではものの数分だったことになる。
「そうだ……!」
私は急いで空の元に駆け寄り、横になった体を揺さぶる。……空は目覚めなかった。やはり私のように、悪夢に打ち勝つ? 必要があるようだ。
「空なら勝てる、よね……? だって、私の……~~っ!?!?」
い、今私、何を言いかけた、の……? ち、違う……!!! そんなはず、ない……だって、この気持ちは……ただの尊敬、とか……共感とか……それだもん。……そうに、決まってる……もん。
「うにゃ?」
「ひゃうっ!?」
顔が熱くなっていたので自作の氷で冷やしていると、突然空の意識が覚醒する。急だったので変な声出ちゃった……き、気づいてない、よね?
「氷花、さん……ッ!? 戻ってきた!? ここ現実!?」
「~~っ!?!?!?(コクンコクンコクン)」
空が私の名前を呼び、慌てた様子で肩を掴んで尋ねてくる。私は急速に近くなった空の顔に驚いて、声にならない悲鳴をあげながら何度も首を縦に振った。
「そだっ、他のみんなは……まだか。ってことは俺が2番目。いや、起きるのに順番は関係ないね。氷花さん、何か変わったことはあった?」
「ぇ、……な、ない……と、思う……た、多分」
「良かった。それじゃあひとまずみんなが起きるのを待とっか」
「う、うん……」
私たちは予め決めておいた通り、ほかのメンバーが起きるのを待つことにした。最低でも2人待つ予定で進めていたが、それは片方がサリオンさん限定での話。
サリオンさん以外では
それよりも、今の空への返答はいつも通りに出来た(出来てない)。だから空に対するこの変な感じも、バレていないはず!
「どうした、ちょっと顔赤いぞ?」
「ぁ、いや、これは……その……」
空が無邪気な瞳でそう尋ねてくる。一瞬、考えていることがバレたかと思ったが違うらしい。良かった……。
「緊張してる? 大丈夫、皆なら絶対に目覚めるよ」
「そ、そうじゃなくて……」
私は「気づかないの!?」と内心で叫びながらも、それが声に出せずにいた。何故なら……。
「て、手が……っ!」
空は私が皆の心配をしているからだと勘違いをするが、もちろんそれが理由じゃない。本当の理由は今、やっと口に出せた所。
空は初めに話しかけてからずっと、顔が至近距離のまま、肩に手を置いた状況だったのだ。
「あ、ごめん。肩に手を置きっぱなしだった」
「べ、別に……良かった、けど……?」
空は指摘されて始めて気づいた様子を見せ、すぐにパッと手を離してくれる。それに対して、私は何故か変なことを口走り後悔する。へ、変な目で見られてないかな?
「いやいや、無理しなくて良いよ。ベタベタ触ってごめんね!」
しかし訂正するよりも早くに、空の方が勝手に私の気遣いだと口にする。都合が良いので黙っておこう。それよりも……。
「……なんか空、雰囲気変わった?」
何だかさっきから、前までの空とは一味違う雰囲気を感じたので、つい口に出して尋ねてしまう。
「そう? 氷花さんもそう感じられてるなら良かった。俺は生まれ変わったって胸を張れる」
「生まれ、変わった……?」
「うん……悪夢で見た過去に、決別を告げた。俺はもう1人で生きるのは止める。皆を頼って、皆に頼られる人間になるって約束したんだ」
なるほど。私も似たような感覚は前に1度味わっている。空は多分、悪夢の中で自分を乗り越えたんだろう。
そう考えると、なんだか胸が熱くなる。やっぱり空も、私と同じなんだって、共感出来た。
「ん。ちょっとだけ、明るくなってる……」
「そう? まぁあれだよ。辛いことはいっぱいあった。けど落ち込んでなんて居られないからね。俺は元気だって……ちゃんとこうして幸せだって表現したいんだ。……だから早く目覚めてくれよ琴香さん。伝えたいこと、いっぱいあるんだ……」
何故だろう……不意に見せた空の笑顔が琴香に向いた時、私は胸がギュッと締め付けられ、ポッカリと穴が空いた感覚を覚えた……。
「「っ!?」」
次の瞬間、私と空が臨戦態勢を整える。やっぱり、空も気づいたらしい。さすが……。
「……氷花さん」
「ん、分かってる……いる」
空は短剣を、私は《氷剣》を構え、背中合わせに辺りを警戒する。右、左……左右を視線で確認しながら、僅かに聞こえる近づいてくる足音を聞き分ける。
「…………空、う──っ!?」
空に「上から来る」と告げようとした瞬間、背中にあった空の温もりが消える。私が見えたのは、空が瞬きの間にジャンプして、上から来た敵を一閃した姿だった。
すごい……。今までの空も強かった。でも、今見た動きはなんか、ひと味違った……。サリオン師匠との模擬戦でも、あれほどの動きは見せたことは無かったし……凄く、成長してる……。
「氷花さん、どうやらサリオンさんの予想が当たったよ」
その言葉を聞き、私は反射的に体を強ばらせる。無理もないと思う。普通の女の人なら無理。というか、男の人でも無理だと思う。
「
「うん……まだまだ来るよ」
空が倒したのは、この森に住んでいる幻影迷夢の幼体。私たちが悪夢にやられている間に、襲ってくる可能性が高いとは聞いていたけど……。
「多、すぎ……。気持ち、悪い……!」
「俺も苦手です。……他の人、早く目覚めて下さいね。信じてますからっ!」
私と空の、現実世界での防衛戦が幕を開けた。
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