第164話~折れない理由~

*****



 視界が暗闇に飲まれる。あぁ、聞いていた悪夢はあれで終わりって訳……本当に気分が悪い。ちょっと前の私なら、直視できない拒否反応と吐き気が出ていたと思う……。



「なぁ氷花、俺に対してなんであんな酷い言い草をしたんだ? 兄貴は悲しいぞ?」


「……兄、貴? ……違う。あなたは、誰……?」


「酷いなぁ、散々暴言を吐かれた烈火お兄ちゃんだよっ!!!」



 私の目の前に現れた兄貴の形をした何かが、意地悪なことを言いながら自己紹介をしてくる。でも私はそれが偽物だと一目で気づいた。理由は簡単だ。



「あなたは、兄貴じゃない。だって兄貴なら……私の背後を取ったら絶対に、無理やりにでも、抱きつくフリ、するから……」


「うわぁ、何その信頼。嫌すぎる……!?」


「だから、あなたは誰? 兄貴の格好をするのは……不愉快」



 キッと睨みつけて尋ねると、兄貴の姿をした何かはお手上げというように肩をすくめる。



「おっかしいなぁ。氷花の1番見たくない過去は見せたはずなんだけど。心がここまで折れてない人は初めてだよ」


「当然……だって私はもう、吹っ切れてる、から……」



*****



「人、多い……」



 私が諸星組合に来て最初に抱いた印象はそれだ。引きこもっていたからだろうか? ……とっさに口から漏れた言葉も、以前のハキハキした感じは一切無くなっている。


 むぅ、コミュニケーション不足……? これでチーム戦が出てきたら、私は会話出来ずに詰むかもしれない。頑張らなきゃ……!



「なんでお前みたいな雑魚がここにいて、俺の知り合いのE級が落とされんだ? ふざけてんのか? 不正か?」


「違う。実力だ」


 

 1人で間違っても話しかけないでオーラを出しつつ、自分で出した氷を入れた水を飲んでいると、近くからそんな言い争いが聞こえてくる。


 はぁ、面倒くさいなぁ。もし喧嘩になっても止めなかったら、私達も連帯責任を負わせられるかも……? しかも、一方的な言いがかりっぽいし、止めた方が良いかな?



「ねぇ、暴れないでくれる?」



 私は深呼吸して息を整えてから意を決して声を掛け、氷魔法氷結光を使って喧嘩を止めることに成功する。



「いきなり何する!」



 内心でホッとしていると、殴りかかったイカつい男が私に矛先を向けてきた。



「別に……うるさかったから。それに、試験を受ける前に、そんなことをしたら落ちると思う。むしろ、感謝してほしい」



 元引きこもりの私だ。当然のように人見知りが発動した返ししかできない。感じ悪い人に見えるだろうな……。



「お前、試験であったら覚えておけよ」



 腕を凍らせた男は氷を砕き、舌打ちをした後にそう言い残してどこかに言ってしまった。でも、絡んだ男の方には一応謝罪もしていたけど……。あれ、もしかして標的、私に移った感じ……?



「おいおい、あれってもしかして、今年の新人探索者でA級になった、綾辻氷花あやつじひょうかじゃないか?」


「マジでっ!? 確か三大大型組合の一つ、蒼龍組合そうりゅうくみあいに所属するS級探索者、綾辻烈火あやつじれっかの妹じゃん!」



 だが、今の騒ぎに介入してしまったせいで注目を浴びた私にそんな言葉が投げ掛けられる。あぁ……ここでも私は綾辻烈火の妹なんだ。


 ちなみに私に素振りを教えてくれた江部一香さんは3年前、私が高校1年生の時にS級迷宮で亡くなったらしい。当時は兄貴も悲しんでいたし、今思い出しても悲しい気持ちになる……。



「あの、綾辻さん……さっきは止めてくれてありがとう」



 すると手助けをした優男の方が、わざわざお礼を告げてくる。


「別に……」



 案の定人見知りが発動して顔を逸らすという愛想の悪い態度を取ってしまう。あぁ、またやっちゃった……。



「それよりもごめんね。こんな騒ぎになっちゃって。綾辻さんも迷惑だよね」


「……別に、構わない。慣れてる……から」



 私は諦めた表情で周りの野次馬を冷たい視線で見渡す。本当に……慣れてる。別にあなたが謝る必要もないし……と心の中でだけ呟いた。



「こんな風にしちゃった俺が言うのもあれだけど、やっぱり色眼鏡で見られるのって大変だね」


「……え?」



 私にかけられた言葉が信じられず、ジーッとその男の人の顔を見ていると、少しだけ引きながら人を待たせていると言って去っていってしまった……。私はそんな彼の背中を見続ける。


 彼にとっては何気ない言葉だっただろう。しかし今の私にとっては、初めて心に響いた言葉だった。こうして彼に興味が湧いた。


 始まった試験では先程の彼を見つけるために動いた。同じチームになった2人には悪いと思う。


 でも少しだけ無理をしてもらった代わりに、彼以外のメンバーとぶつかることで、自分たちも活躍したいという2人の望む形には持っていけたと思う。あとは2人次第……。


 試験で運良く巡り会った私と彼。篠崎と言う名前らしい。……あとついでに、先程絡んでいた最上とか言うおっさんもいた。まぁ良い。邪魔者はいるけど、とりあえず会うことは出来た。


 これで…………これで……あれ、何するんだっけ? と、ともかく試験なんだし闘わないと……!


 そう思い剣を交えた時に気づく。この人の体術とか短剣のさばき、江部一香さんに似ている……!? と。


 なんの因果関係かは分からないが、私はここで江部一香さんの教え子と出会った。試験の結果は等級の差で勝ちとなったが、彼への興味は尽きるどころか増すことになった。

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