第154話~伏見稲荷神社~

「まずは神社に行こう!」


「えぇ……?」



 次の日、早起きして車に乗り込んだ僕に、はしゃいだ様子で一香さんが告げてきた。ほらやっぱり、絶対どっか行くと思ってた。


 だがむしろ、探索者組合の京都支部とかじゃなくて良かったと思うべきか? そんな訳で僕は今、伏見稲荷神社ふしみいなりじんじゃに来ていた。



「私はここに来んの初めてやから空、案内よろしくな」


「いきなりは困るよ。確かに来たことはあるけど、多分お年寄り以外はあんまりここ、というか神社について詳しくは知らないと思うよ?」


「そうなのか?」


「両親に連れられて、初詣に来たぐらいで……その時は屋台とかがいっぱい出てて、あとは商売繁盛のご利益があるって事と、千本鳥居があるってことぐらいで……僕自身、千本鳥居の体験は無いです」


「へぇ、それは意外だなぁ」


「僕ら若者はあんまり興味とかありませんからね。小中学校の市内巡りで十分すぎです。熱心な観光客の方が、こういったスポットや名所に詳しいと思います」


「そうなんだ……案内よろしく」


「話聞いてました?」


「デートは男が引っ張るもんだろ?」


「……と、とにかく一緒に行きましょう。ついでにパンフレットか何か貰って」



 話を聞かず変なことを言い出した一香さんは放っておいて、僕はパンフレットを片手に敷地内へと入っていく。まず最初にあるのが赤色の大きな鳥居が目に入る。


 それらをくぐり、しばらく石で舗装された道を歩いた。階段を登り、桜門と呼ばれる大きな門をくぐり抜ける。



「こ、これが本殿か?」


「いえ、違います。この後ろにもっと大きいのがあるので。よく勘違いされたり、ここでお賽銭を済ませる人も多いですけど」



 目の前に存在する赤、木材の色を強調した外拝殿が目に入る。一香さんはそれを見て勘違いしたが、僕が訂正する。


 外拝殿の後ろに周り、再び階段を登ったところに本殿が存在するのだ。いつもはそこで賽銭やお祈りを済ませて、おみくじやお守りを買うとすぐに屋台に直行していたな。



「なら早く行こうぜ!」


「ちょっ!?」


 そう解説すると、一香さんが僕の手を掴んで引っ張り急かしてくる。



「おいおい、家族ならはぐれないために手ぐらい繋ぐだろ?」


「ひ、人なんて2、3人の老人しか居ないじゃないですか」



 一香さんはニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべて、顔を赤くする僕の反応を楽しんでいた。



「そうかそうか、手を繋ぐのは恥ずかしいか」


「~! はいはいそうです。恥ずかしいので早く手を──」


「んじゃこうするわ」


「はっ? ちょ、まっ!?」



 辞めてもらうようにお願いすると、今度は腕を組んできた。何も知らない人から見れば、まるで恋人のようだ……。



「ななな何して……!?」


「恥ずかしがりすぎだろ。さすがの私もそんな反応されると照れるぞ?」


「じゃ、じゃあやめれば良いん──」


「嫌だ。暑苦しくなるまではこうしてる。命令な」


「くっ……了、解」


「はは、素直でよろしい!」


「……屈辱だぁ……」



 ほとんど見てる人もいないのに、僕は視線を下に向けて歩き出した。歩幅はあまり変わらないので、歩きにくいと言うことは無かったが……。


 その後、手水と呼ばれる所で竹の柄杓ひしゃくを手に取り、作法に従って両手と口を清める。



「あれ、鈴がある」


「どういう事だ空? 普通あるだろ?」



 次に本殿まで歩いて来た僕は、そんな言葉を口から漏らした。一香さんは不思議そうに尋ねてくる。



「……あ、そうか。初詣の時は人が多くて、混雑を避けるために鈴を外してるのか、多分ですが」


「なるほど、納得」



 普段は来ないから無いのが当たり前だったけど……あるのが普通だよな! と思い直した。



「それじゃ早速──」


「す、ストップです!」



 一香さんが財布からスっと1枚の紙幣を取り出したので、最初は1000円かと思っていた。しかしよく見ると違ったのだ。



「な、なんだよ……?」


「さすがに1万円は無いでしょ!?」



 そう、一香さんは日本の最高額紙幣を賽銭箱に投げ込もうとしたのだ。さすがに止めるよ。



「私は良いんだよ。このくらい投げとかないと不安なんだ。いつ死んじまうかもわかんねぇしな」


「一香さんが亡くなるような状況に日本がなっていたら、僕を含めた大半の人間や動物は死滅してますよ」



 一香さんはS級探索者だからな。区別しないとは言ったが、現実を見ないとは言ってない。



「空の分も祈っとくからさ」


「まぁ……一香さんが良いなら好きにしてください」



 そうお願いされては折れるしかない。第1、このお金は全部一香さんの物なのだ。僕がいちいち口を出して良いものじゃないしな。



「じゃあ空は45円にするか」


「始終ご縁があるように、って事ですか?」


「そゆこと」



 そう言って一香さんから5円玉を9枚貰い、一香さんは1万円を投げ入れる。すげー、お札なのに弧を描いて入ってった。


 ガシャンガシャーンと激しい音を立てる鈴を鳴らし、パンパンと2度手を叩き、頭を下げてお祈りをした。


 ここ、伏見稲荷神社は商売繁盛が主だが、家内安全、諸願成就、安産、万病平癒、学業成就なども兼ね備えている。


 お祈りは……そうだな~、別にこれ以外のことが叶わないって訳でもないと思うし、とにかく願い事でも祈ってみるか。


 水葉が目覚めますように。もしくは治療法だけでも見つかりますように。僕と一香さんが健康でいられますように。強くなれますように。あと学業も出来れば……欲張りすぎかな?


 終わって隣を見れば、一香さんはまたお祈りを続けていた。宗教とかには特に思い入れも無さそうだったが、初めて来たからやけに熱心だ。


 お祈りが終わると次におみくじを買いに行く。六角柱の形をした木の箱を振り、出た番号を巫女さんに言うと紙が貰えるのだ。



「僕は……末吉だね。一香さんは?」


「……凶」


「……大吉出るまで引くとか言わないよね?」


「さすがにそこまでは言わねぇよ。でもまぁ……なんか決心はついたかな」



 フッ、と何かを悟ったように笑う一香さんだったが、いつもの冗談と受け流して、用意された紐の場所にくくりつけて、お守りを購入する場所へと向かう。



「空は安産祈願だな」


「違うよっ? それ、どっちかと言えば一香さんの方でしょ!?」


「おいおい、私に一体ナニするつもりだよ」


「何もしませんけどっ!?」



 そんな軽口を叩き合いながらも、僕は子供の健康・安全のお守りを。一香さんは願いが通るお守りをそれぞれ購入した。子供の、については何も言うまい。間違ってはいないのだから……。


「……っし、そろそろ行くか」


「はい」



 来たいと言った一香さんも満足したようなので、僕達は次に僕の家へと向かった。



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