第137話~それは、忘れていた出会い~

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 空が雄叫びをあげるように、母さんの亡骸を激しく抱きしめながら吠えた。滝のように流れ出る涙が、枯れ果てるまで……。


 ……ここ以降に起こる出来事を、俺は覚えていない。泣き叫んだと言う事実までは覚えていた。それから……気づいたら避難所にいて、白虎組合のマスターにしてS級探索者の江部一香さんがそばにいた。


 俺はその間を覚えていない。これから見る場面は、俺も初めてとなる。空は喉が潰れるんじゃ無いか? と思うほど泣き、ゆっくりと母さんの亡骸をお姫様抱っこで持ち上げる。


 何も言わず、無言で淡々と運び、壁にもたれかけさせた。次に父さんの元に向かい、同じように運び母さんの隣に座らせる。


 まるで仲の良い人間が、一緒に眠っているように見えた。次に空は水葉の元に向かい、3度目のお姫様抱っこをしする。


 そうする前にもう一度だけ心臓の鼓動を確かめ、何事も無かったかのように歩き出した。少し歩けば、同じように全壊した車が見える。


 だが、その中から血が流れ水たまりを作っていることはあっても、生きた人の痕跡は一切無かった。そうして空がしばらく歩いてから俺は気づく。


 この時には既に、空は発現者となっている事に。何か分かるような見た目上の演出などはなかったと思う。


 ただし、きっかけになりそうな出来事はある。肉親の死……それがトリガーとなって、発現したのではないか? と俺は仮説を立てた。


 あぁ、俺が空が発現していると確信したのは簡単だ。今の空では母さんや父さんを持ち上げ、水葉を抱っこし続けられるような体力など無い。


 しかし今の空は息を一切切らさず、うつろな瞳で無表情のまま、歩き続けた。多分、普段の空なら歩きなどせず限界まで……いや、限界を超えて走ったはずだ。


 だが、今の空は走る気力もないのか、もしくは全身が痛くて走れなかったのか、どちらにしろ急ぐような姿は見せなかった。


 歩道を歩いていると、何人もの人の遺体、もしくは気絶した人の体が倒れている。多くは衝撃波による物だろう……そう、この時の出来事を知らない、当時なら勘違いするかもしれないな。


 まるで犬などの動物に食われたような噛み傷や切り傷が存在する遺体も存在した。それをモンスターが喰らっている間に、動けた人は多分、学校とかに避難したんだと思う。


 この後、空はどうやって無事に避難所までたどり着いたのだろうか? ちなみに俺の言う避難所は小学校ではなく、病院のことだ。俺は確か、気づくとそこにいたからな。


「……っ?」



 死体を見ても何も反応を示さなかった空が、僅かに何かを気に止める。タタタッと言う小さな足音だった。誰かがモンスターから逃げる足音だろうか?


 空がゆっくりと振り返る。その虚ろな瞳に、一人の少女の姿が写り込んだ。走ってはいる。しかし逃げるような全力疾走の感じではない。しかし必死さはヒシヒシと伝わる。この場にはいない、何かから逃げるような感覚に近いと思う。


 その少女の見た目は幼い。おそらく空と同じくらいの年頃だろう。オレンジっぽい茶髪を無造作に伸ばして、乱れた服や髪はオシャレを気にする年頃とは思えない格好。


 その少女と、空の目が一瞬だが、バッチリと合う。空は何も反応を見せなかったが、俺は驚愕した。……理解が出来なかった。


 だってそこに立っていたのは、若干今よりは幼さを残しつつも、はっきりとした面影を残した琴香さんだったのだから。



「……(パクパク)」



 俺の驚きも冷めやまぬ中、琴香さんが口を開き、何かを伝えようとしていた。しかし上手く声が出ていない様子だ。空は先ほどから向けていた冷めた視線を離す。


 気に止める必要のない、どうでも良い存在だと認識したのだろう。だが、俺としてはそれどころでは無い。


 なんでこんな所に琴香さんがいるのか? そんな酷い格好をしているのか? 琴香さんが悪夢を見せるこの森に来る前に言ってたことはこれだったのか? そんな質問が頭の中に沢山浮かぶ。


 だが、まず一番最初に言いたいのは、琴香さんから目を離してはいけないという事だ。琴香さんについて色々と知るチャンスなのだから。しかし、空は琴香さんに背を向けてしまう。



「ぁ……まっ、待って……!」



 すると、琴香さんが絞り出すように声を出す。虚空に手を伸ばし、その先にいる空へと届かせようとする。


 立ち止まり、クルリと首を回した空が少しだけ琴香さんを見つめる。まるで、1度は見放した存在に再び利用価値が無いかと探すような、そんな眼差しだった。



「わ、私も……一緒に、付いていっても良い……ですか? お願い、します……!」



 琴香さんが頭を下げてお願いしてくる。空は少しだけ見つめてかと思うと、首を前の向きに戻して歩き始めた。


 琴香さんが諦め、傷ついた表情を浮かべる。しかし、少しすると空は再び琴香さんの方へと振り返った。その瞳は少しだけ細められ、軽く首を横に倒す仕草を見せた。



「……良いの? ……あ、待って……」



 琴香さんが不安げに尋ねると、空は何も言わずに歩き出した。琴香さんは慌てて走り、空の元に追いつき、2人は歩き始めた。



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今までは『○○話』と味気なかったですが、今度からは1話ごとにサブタイトルを挿れようと思います。

もちろん1話から最新話までの全てに挿入する予定(今日中に)ですので、読み返したい時により分かりやすくなると思います(と言うか今までが不親切すぎた)。

既読者も良ければサブタイトルの確認だけでもどうぞ。苦手な作者が一生懸命唸って考えたサブタイトルです。

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