第133話~悲劇の数刻前~

 あれから少し時間は経った夏休みのある日曜日、僕たちの家族は車で外へと出かけていた。大型ショッピングモールに買い物をしに行くのが主な目的だ。


 父さんはキャンプなどのアウトドアグッズを探しに、母さんは食材や日用品を買い込みに行ってしまう。僕と水葉はまず、新刊の漫画を買いに出かけた。これは僕の趣味だな。



「へぇ、兄さんはこう言う女の子が好きなんだ〜」



 漫画に載ってる表紙絵のヒロインを見ながらそんな事を言う水葉だが、僕は別にヒロインに興味は無い。僕が好きなのは見た目や性格じゃなくて、物語として面白いかどうかだ。


 矛盾さえなければ、主人公やヒロインがブサイクでも構わない……まぁ、可愛い方が良いと思うが。基本的に漫画のキャラは可愛いし、それは選択肢に入れなくても良いだろう。



「じゃあ、次は私の洋服選びですねっ」



 ニコッと笑う水葉の笑顔を見て、僕は顔を引き攣らせる。その理由はもうすぐわかるはずだ。



「兄さん、これは?」



 水色のカシュクールワンピースだ。



「良いな」


「兄さん、こっちは?」



 今度は黄色のTシャツにデニムのショートパンツ。



「良いよ」


「兄さん、こちらは?」



 ベージュと黒のチェック柄のノースリーブワンピース。



「良いよね」


「兄さん、どうです?」



 白いヒラヒラのワンピース。



「良いと思うよ」



 …………と、この時間を小一時間ぐらい続けられるのだ。水葉の買い物は長いから、着替えている間に僕は買ったばかりの本を読む。


 ……いや、返答が適当って思った人もいるだろう。だが考えて欲しい。毎回妹に服を見せられ、それを何着も着られても褒める言葉が尽きてくるんだよ。


 これを何年やらされたと思ってる? 水葉が4歳から……つまり5年間だよ。僕の語彙力がいくら凄くても、多分もう限界……。



「ふぅ……兄さんはどれが一番気に入りました?」


「水葉、自分の服なんだから、自分が着たい服を選んだ方が──」


「兄さんが似合ってると思った服が着たいんです」


「…… ベージュと黒のチェック柄のノースリーブワンピースで」


「分かりましたっ。それと水色の……これも兄さんの印象が良かったので買っておきますね?」


「……うん」



 水葉……君、僕の反応を見て分かってたなら聞かなくても良いじゃないか? ちなみに買い物を終えた母さんが合流することで、水葉の服を買った。



「ふっふっふっ、見てみろ空。今回はこの新商品を買ってみたぞ。早速、今度使ってみよう!」



 父さんが最新のアウトドアグッズを見せてそう言ってくる。もうすぐ夏休みだからちょうど良いかもな。


 その後は飲食店でご飯を食べた。僕はデニグラスソースの掛かったハンバーグ。水葉はグラタン。母さんはたらこスパゲッティ。父さんは海鮮丼。ものの見事にバラバラだが、これも大型ショッピングモールだからこそ為せる技!



「あふっ!?」


「はいお水」


「ごくっ……んっ……」



 出来立て熱々グラタンを食べようとした水葉の舌を、グラタンが襲う。すかさず僕が氷水を手渡す。水葉は目にも留まらぬ速さでそれを貰い、一気に飲み干した。



「あ、ありがとう兄さん」


「どういたしまして」



 恥ずかしかったのか頬を少し赤らめた水葉からのお礼を受け取る。



「ふふ、空ちゃんは水葉ちゃんの事、ちゃ〜んと見てるのねっ」


「外でちゃん付けは本当にやめて母さん」


「ご、ごめんなさい……」



 ガチトーンで嫌がる僕に、流石の母さんも引いてくれた。……いや、別に今まで呼ばれてたのが良かったわけじゃ無いからなっ! か、勘違いすんなよっ!?



「それはそうと空。お前は水葉の兄さんなんだから、今みたいにちゃんと守ってあげるようにな?」


「分かってるよ、父さん」


「なら良し」



 そして僕たちは再び食事を進める。水葉も先程の一件で学習したのか、ふぅふぅと冷ますように口に運んでいた。



「ごちそうさまでした」



 最後に料理を食べ終わった水葉がごちそうさまをする。僕たちの方が食べるのは早いし、グラタンは冷ましにくいから仕方がないだろう。



「はい水葉、こっち向いて」


「? どうしたんですか兄さん?」


「顔動かさないで……」


「えっ?」



 僕はそう言って戸惑う水葉の口元に付いた白いグラタンの残りをナプキンで拭き取る。結構ませてるな〜と思ってたけど、先程の舌やけど事件と言い、こう言うところは子供なんだよな〜。



「はは、水葉が照れてるぞ母さん」


「そうですね〜」


「う、うるさいです父さんに母さん……!」



 家族が揃った場所だからこそより際立つ、水葉の子供っぽい光景を見て2人が笑顔を浮かべる。水葉はやっぱり恥ずかしそうにプルプルとしていた。



「それじゃあそろそろ帰りましょうか」



 母さんがそう言って荷物を手に取る。父さんと水葉も買い物の荷物を同様に手に持つ。だが僕だけは……。



「……どうした空?」


「……いや、なんでもない……」



 なんだか行ってはいけないような……変な不安が僕の頭の中をよぎる。父さんが異変に気づくも、僕は笑って誤魔化した。一体、この前からなんなんだろう……?



*****



 俺はあれから空の行動を変えようと何度も想いを投げかけた。最初は詳しい事情を伝える事を試みたが失敗。


 何度も試した結果、空の心を少しだけざわめかせるぐらいしか効果がないことが判明。……改めて項垂れた。


 どうなるかを知っている悲劇の過去を、こうして眺めることしか出来ないなんて……あはははっ、もう笑うしかないや……。


 目を背けたくてもそれも無理だった。ずっと、空が過ごした日常を眺めてきた。でも……それも今日で終わる。


 この後に迷宮崩壊が起きて……父さんと母さんが亡くなる。

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