第118話~隠された部屋~

 扉を開けて巨木の中に造られた通路を進む。今までのエルフの住まいとは違うな。訪れたり泊まったりしている住まいは、日本なら一軒家か二階建ての印象だが、今回は地下室と呼ぶのが最適だろう。


 指を舐めて空中にさらす。……風は感じない。抜け道ではなく、いつか行き止まりがあるのか。


 それにしても、この感覚は懐かしいな。二重迷宮と同じような感覚だ。あの時もそうだが、俺は最弱だった故に神経と言うか直感と言うか、言葉にはできない感が鋭く、無意識に働くことがある。


 今回もそれに近い物だったが……良い物が待っているって感じじゃなさそうだ。この通路は人が通れるようにはしてあるが、綺麗に掃除されているとは思えない。


 だからといって放置されているほどでは無いが、とてもちゃんとした人……ちゃんとしたエルフが住める所では無いことは確かだ。


 明かりは闇の精霊の分霊のお陰でなくて済んだが、居なかったら一度引き返さなきゃいけなかった。感謝……した方が良いのかな……?



「…………っ、なんだここ?」



 少し地下へと向かって歩いてた俺たちだったが、通路に比べ広い空間に出た所で足を止める。そこには人……エルフが住んでいると思われる残骸が残られていた。


 机や布、毛布などの生活必需品や最低限の物ばかりで、例えるなら刑務所……それすらも生ぬるいかもしれない。


 ふと奥を見れば、ボロい麻布っぽい服が掛けてある。……サイズは子供用。小学3年生の見た目のエフィーよりも小さい。……分からないが、6歳ぐらいか?


 もしあの服の持ち主が、この部屋の持ち主でもあるなら……子供をこんな環境に放置している、と考えるのが適切だろう。……サリオンさんやヘレス達がそんな事を許すとは思えないが……情報が足りない。



「なんじゃここは? 見た感じ子供用に見えるが……悪い事をした子供を1日閉じ込めたりするような場所かの?」



 エフィーが日本での押し入れや物小屋で例える。だが、それにしても酷く劣悪な環境だ。常人がここに住むと考えたなら、3日も経てば精神は壊れるんじゃないかと思わせるほど……。



「……これは、想像の中でも結構ヤバめの奴を引いたかもな……。エフィー、今日はもう帰ろう」


「その方が良さそうじゃな。……エルフ共め、一体何のためにこの場所を作ったのか、今一度問いたださねばならんようじゃの」



 エフィーが少しだけ怒気を孕んだ声を発する。……あのエフィーが、怒っている……? ともかく明日、サリオンさんにでも尋ねよう。


 あの人は唯一エフィーを精霊王だと認識しているエルフだ。ソロンディアの態度と言い、俺たちに強硬手段を取るような真似は多分しない……はず。


 俺は通路に設置された階段を一段一段、ゆっくりと踏みしめて登る。ぐるぐると先程の光景が頭の中をよぎりそちらに集中してしまい、足を踏み外す事を防ぐためだ。


 カツン、カツン……と俺の登る音だけが通路に響き渡る。そして俺たちは、最初に入ってきた出入り口に辿り着き、地上へと戻ってくることに成功した。



『動くな! そこで何をしていたっ!』



 そう考えた直後、遠くにまで響く綺麗な声で叫び、弓矢を構える女性のエルフを視界に捉える。一瞬ヘレスに見えたが、その女性は長い髪を下ろした長髪……ヘレスではないだろう。だってポニーテルじゃないし。


 そしてもう1人、6歳程度の子供を後ろに控えさせている。……いや、控えるというよりは守るの方が正しい。その姿を例えるなら、俺と言う凶悪犯から子供を守る姉のようだ。



『答えろ! さもなくば無理矢理にで──……待って……なんで、ここにいるの? 何でよりにもよってあんたなのよ!? ソラ……』



 途中まで高圧的だった喋り方から、いつもの口調へと変わり、明らかに動揺を含んだ声へと変わっていく。その喋り方を俺は知っている。



「その声に喋り方……やっぱり、ヘレス、なのか?」



 ヘレスの認識の仕方がポニテだった事は置いておこう。ともかく話をしないと! このままじゃ知り合いとは言え何をされるか分からない!



『っ、答えなさいよっ! ここで何をしていたの? 事情によっちゃ即刻射殺よ!』



 ヘレスは殺意のこもったギラギラの目でこちらを睨みつけてくる。だが唇を噛む歪んだその顔は、明らかに無理をした苦しみの表情だった。



「分かった。俺がここにいる理由は話そう。だからその物騒な物を下ろして欲しい。……ヘレスにそんな顔をさせたくないんだ……」



 そう告げると、ハッと驚きの表情に帰るヘレスだったが、数秒の硬直の後に弓矢をゆっくりと降ろした。



「所で、そっちの子は? 時間帯としても遅いし、この話を聞かせたりしても良いの?」



 親切心……と言う建前を使った探りの発言をすると、ヘレスは見られたく無かった、と言いたげな顔をしてから、諦めたように肩を下ろし、そして口を開いた。



『この子は……ララノア。あたしの、妹よ』

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