3章
第91話~エルフ~
俺はC級迷宮を攻略するためにゲートを潜った。このゲートと言うのは実に不思議だと思う。まず、ゲートは円状だ。立体では無い。
にも関わらず、ゲートに足を踏み入れてから迷宮に足を踏み入れるのにわずかな時間差が存在するのだ。視覚と体の感覚的にはほんの一歩踏み出すだけなのだが、その一歩がとてつもなく長く感じる。
あ……そう言えば、エフィーと翔馬の声が聞こえた気がしたな。一体なんだったんだろう?
「っと……」
そんな事を考えているうちに視界が晴れる。ゲートを無事くぐり抜けて、俺は異世界……迷宮に足を踏み入れたようだ。
前には俺よりも早くたどり着いていた9人の探索者たちがいた。皆、あたりを見渡している。琴香さんなんかは口を軽く開けて、恍惚の表情を浮かべている。
「……へぇ、すごく……綺麗だな」
俺も周りを見回して納得した。地面の土は程よく湿気ており、軽く柔らかさが靴の上からでも感じられる。
そこから生える巨大な大樹、それに深緑色の葉が空を照らす太陽によって新緑の葉を思わせる。すごく神秘的だ。写真でしか見たことのない海外の森……そんな印象かな?
気温も湿度も特出するようなものでもないが、少し暑いので上着を脱ぐ。今の日本は12月に差し掛かり冬といって良いだろうから、まぁ当然だろう。
「森、か。皆さん、確かに綺麗ですが、周りへの警戒を忘れないようにしてくださいね」
大地さんがパンパンと手を叩き、俺を含む他の人たちの意識を迷宮攻略へと戻した。……でも、これだけ見れば普通の迷宮だ。俺が感じた違和感は気のせいだったのかな……?
「良いや、気のせいではないぞ主人よ」
後ろから現れた妖精姿のエフィーが、胸ポケットに入りながらそう言ってくる。
「そうか。どうせなら気のせいであって欲しかったけど。て言うかなに心の声読んでんだよエフィー」
「なぁ〜に、我くらいになれば主人の考えていることなどお見通しなのじゃ」
「じゃあ今俺が考えてることは?」
「エフィー様マジありがとうございます、じゃ!」
「残念! ……なんでお前ここにいんだよ? だ」
「おぉ、そっちじゃったか!」
「そっち以外あるわけないだろ!」
マジでエフィーがなんでいんの? 翔馬大慌てしてない? あ、この会話だけど、周りの人に聞こえないようにしているからな!
「おい篠崎、そろそろ行くらしいぞ!」
「あ、おう!」
エフィーと会話をしていると、最上のおっさんが呼びに来た。いつの間にか移動することになったらしい。
「琴香さん琴香さん」
「ふぇ? ……エフィーちゃんじゃないですか? なんで!?」
とりあえず琴香さんとは情報の共有をしておきたいので近くに呼び寄せる。エフィーを見せる前に、あらかじめ口元に指を当てていたので大声ではない。
とりあえずエフィーは俺が心配でついて来たとしておいた。そしたら琴香さんがエフィーを可愛いものでも見るような目になった。エフィーは不満そうに口元を尖らせたが、琴香さんの気持ちはすごくわかる!
「で、エフィーはなんでここにいるの?」
俺と琴香さんは一番後ろに行き、エフィーと会話を再開する。
とりあえず気になることをまとめよう。何故エフィーがここにいるのか? 翔馬の方はどうなっているのか? この迷宮に感じた違和感の正体の三つだ。とりあえず一つ目から……。
「そんなもの、主人が心配じゃからに決まっておるのじゃ」
「エフィーが付いてくるってことは、ここはC級迷宮じゃないのか? まさか、あの時みたいな二重迷宮?」
エフィーの発言から俺は推測して尋ねる。二重迷宮……藤森に裏切られ、エフィーと出会った迷宮のことだ。計測された等級ではなかった迷宮に使う言葉だな。
「いや、似ているが少しちがーー」
「篠崎さんに初芝さん、2人ともこっちに来て会話に混ざりましょう」
牧野さんが来たことでエフィーの言葉が途切れる。
「そうですね、行きましょう琴香さん」
「は、はい!」
牧野さんは今回の迷宮攻略の意図を理解して俺たちにも話しかけて来たのだ。エフィーの話を聞かなかったのは残念だが、今は善意を大人しく受け取ろう。
だが二重迷宮とは違うにしても、やはり普通の迷宮ではないことは確定したな。絶対に警戒を怠らないようにしないと……。俺と琴香さんは少しだけ小走りでみんなの近くへと向かった。
それから少しの間、森林を歩きながらの談笑が挟まれる。と言っても全員が会話には参加しているが、主に栄咲さんや牧野さんが話題を引き出したりする係だったな。
それと迷宮に潜る前に突っかかって来た柏崎さんたちグループとの会話は歯切れが悪いが、それもまぁ仕方がないだろう。
「僕は高校じゃ弓道部だったんだ。発現したせいで大会には出れなくなったけどね。でもスピード系に発現したのは本当に良かったと思う。他のみんーー」
「っ! 牧野さん、伏せて!」
自分語りから全員が話せそうな会話を続けようとした牧野さんだったが、遠くからキラリと一筋の光が刺したと思った瞬間、何かが高速で放たれた。
偶然それを目にした俺は全速力で牧野さんの背中側に立ち、合間に抜いておいた短剣で放たれた矢をキィンと音を響かせながら弾いた。
「っ! 全員警戒!」
栄咲さんが素早く指示を出したことで周りの空気が急速に冷えていくような感覚になる。
「あれは……ん?」
背後から奇襲の攻撃を放たれたにも関わらず、気丈な態度で弓を構えた牧野さんが攻撃の放たれた方向を見てそんな事を呟く。
その反応が気になり、俺も少し目を細めて同じ方向を睨みつける。数十メートルはあるだろう大樹、その20メートルほどの高さから生えた枝の1本ーーと言っても普通の木々の幹ぐらい太いがーーに立っている人影を俺は見つけた。
「……うっそだろ?」
「あれは……!」
「初めて見た……」
続々と俺や牧野さんと同じ姿を視界に捉えたのか、そんな声があちこちから漏れ出る。それは長く伸びた自然な色の金髪を後ろでポニーテールにし、薄い緑色の布を着ていた。
碧眼の瞳に珠のような肌が遠く離れていても分かる。すごい美形だ。一般的な女優のレベルを超えている。そしてなによりも特徴的なのが、ツンと先がとんがった耳。……俺も初めて見たな。あれは……。
「エルフ……」
俺は矢の放たれた方向を見てそう呟く。その先には、弓を構えた1人の女性エルフが大樹の幹の上に立っていた。
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