第78話~VS綾辻烈火~

「それじゃあ、行きますよ?」


「良いよ〜、来い!」



 俺は短剣を逆手持ちに構えて宣言する。烈火さんは挑発するように手のひらをクイクイと迎え入れるような動作をしてきた。


 それを見て俺は地面を蹴る。一瞬で加速して真っ直ぐ烈火さんに向かっていく。公園は広いとは言えないので、俺が本気を出せば端と端にいてもすぐに往復できるほどの広さだ。


 俺はすぐに烈火さんの目の前にまでたどり着く。そのまま攻撃を加えようとしたその次の瞬間……俺は後ろに下がっていた。



「は……?」



 俺は自分が何をしたのか理解していなかった。頭が判断するよりも早く、体が烈火さんから離れることを選択したのだ。



「お? 少し殺気を出してみたけど良くわかったね。感は良いじゃん」



 ははっ、なるほど……。俺は烈火さんの殺気にビビった訳か。それにしても、あんな殺気を浴びせられるのは久しぶりだな。



「それにしても……君、本当にF級? 俺にはB級下位程度の実力はあるように見えたけど?」


「ちゃんとF級で登録されてますよ?」


「ふ〜ん」



 烈火さんは納得がいかないような表情をしてそんな反応をする。



「じゃあ次は殺気も出さないからかかって来な」


「ではお言葉に甘えて」



 俺はそう言いながら再び駆け出す。先ほどよりも速度は落としてある。そして烈火さんとの距離が俺の間合いに入った瞬間、ギアを上げて加速する。


 そのまま烈火さんの腹に向けて、拳で殴るように真っ直ぐストレートを叩き込む。だが、その一撃は空を切る。


 避けられた……魔法系なのにスピード系の俺よりも速いとか本当にふざけてるな。等級が恨めしいよ……。



「はぁっ!」



 俺は避けられた一撃から、続けてその手に持っていた短剣を振るう。



「ほっ!」


「えぇ? マジですか?」



 だが、僅かに伸びたリーチから繰り出される短剣の一撃は、烈火さんの二本指に挟まれて止められた。



「うん、咄嗟の判断力も良かった。無理やり腕だけを動かすんじゃなくて、腰を使っての一撃や足運び、それら全てが完璧だね。これで君にS級の力があれば、日本でも多分2番目くらいには強いと思うよ」



 何が、完璧だよ。平然と俺の短剣による一撃を指で挟み込んでおいて……。



「うん、君と同じスペックの探索者を集めて戦わせたら、生き残るのは多分君だと俺は思うぜ!」


「それって……嫌味、ですか?」


「まさか! 俺は本気でそう思ってるよ! ただ……等級の差だけは本当にどうしようもないなとも思ってる。残念だよ、君がせめてA級レベルの強さだったら良かったのに」



 くそっ、マジだ、マジで言ってやがるこの人。……落ち着け、冷静さを失うな……!



「等級なんて関係ない、俺は俺です。……行きますよ」



 そう言って俺は挟まれた短剣を手放し、地面に手をついて回し蹴りを放つ。



「うん、下手に武器を手放さない臆病な手を選ばなかったことは称賛に値すると思う!」



 片手で俺の回し蹴りを受け止め、ガッチリと足首を掴んだ烈火さんが興奮気味に捲し立てる。



「まだまだぁっ!」


「ふっ!」



 俺は掴まれる事を予想していたので、その状態からさらにもう一方の足で裏回し蹴りを放つ。かかとを下にした状態から放たれる一撃を、烈火さんはもう片方の手で受け止める。


 今、俺は両足を掴まれて手以外は空中に浮いた状態だ。普通ならそこから地面や壁に叩きつけられるが、彼は自分から攻撃をしないと宣言している。


 もしそのルールを破ったなら烈火さんの敗北。つまりそんな事をされる事はない。だから安心して俺は攻撃を放ったのだ。


 俺はその状況を打破すべく、地面に手をついた際に拾っておいた砂を烈火さんに掛ける。



「うっ!?」



 砂をかけられた烈火さんは軽い呻き声を上げながら目を瞑り、俺の足を掴む手の力が緩む。即座に足を烈火さんの手から逃がし、体を捻って両足でドロップキックを喰らわせる。


 完璧なタイミングでの一撃。ルールその1、まともな攻撃を喰らわせたら勝ちに成功した。つまり勝ったと、そう思った……思ってしまった。



「う、うそ〜?」



 烈火さんの腹にまともに入ったドロップキックは……烈火さんの腹筋に負けていた。彼は一歩も後ろに下がることもせず、ただその攻撃を受けて耐えたのだ。これを喰らったと判断するのは早計だろう。



「……ふぅ、驚いたよ。でも本当に惜しかったな。等級の差がモロに出た……降参するかい?」


「まさか。俺は負けない限り諦めませんよ。そう決めてるんです」



 俺は絶対に諦めないと心に決めている。後悔をしたくないからな。それでも死ぬ時は格好良く死にたいとも思っている。



「なら……その心が折れないかためしてみようか」



 烈火さんはそう言って拳を作り、腕に力を入れる。ビキビキと音が鳴りそうなほど筋肉が盛り上がり、血管が浮かび上がった。



「この一撃は寸止めするから当てない。だから攻撃判定にはならない。でも……風圧だけでも結構すると思うよ」


「……はは、望むところですよ!」



 俺は短剣を構え、その一撃が来るのを待った。烈火さんがはぁー、と息を吐き、カッと目を開いた思った瞬間、その姿がブレた。


 その光景を目にした次の瞬間、目の前に拳が出現。まるで台風でも来たかのような風が俺に向かって放たれる。


 あ……これ、死んーー。事前に来ると聞いていたにも関わらず、俺はその一撃を見てそう思ってしまった。


 だが体は動いた。拳から逃れようとして一歩引いた足。カウンターを狙っての短剣の一撃。それらを無意識に行なっていた。心は……折れていなかった。



「…………耐えた、ね……」


「はぁ……はぁ……で、ですね……っ……」



 し、死ぬかと思ったぁぁぁぁぁっっ!!! 烈火さんが本気出せば俺なんて雑魚だと、改めて思い知ったよ。これもう、勝てる気がしないな。


 いや、もちろん勝ちには行くよ。ただ客観的に見ると……100%勝てないってだけ。でも、やっぱ勝負なんだしできれば最後までやってみたいじゃん。



「ねぇ兄貴」



 再び戦いを始めようとした俺だったが、突如、綾辻さんが会話を挟んできた。



「どうした氷花?」


「『俺の負けです』……って言ったら、一回だけ、『烈火お兄ちゃん』って、言ってあげる……」



 え? 綾辻さんなにそれ? もしかして俺が勝てそうにないから無理やり勝たそうとしてるの? 幾ら何でも烈火さんもそれに引っかかるほど馬鹿じゃなーー。



「俺の負けです! よし、約束だぞ氷花!」



 烈火さんが大声で叫んだ。その瞳はキラキラと輝き、約束を心待ちにしている事は明らかだった。



「…………え? ……えっ? えぇっ!?」



 俺はあまりの急展開に語彙力を失ってしまった。こうして烈火さんとの勝負に俺は勝った。……勝った……と言って良いのか? なんか不完全燃焼〜!

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