第115話 決着、そしてシルグとの別れ

 魔眼と言って良いのだろうか?


 魔剣の影響により、シルグの肉体に――――胴には巨大な瞳が存在していた。


 トールの一撃は、その瞳を貫いた。 さらに追い打ちの超威力の魔法を放った。


 今は、火傷を負い、仰向けに倒れたシルグ。彼はこう言葉を綴った。


「……なぜ? 剣でとどめを刺さなかった?」


「どうしてだろう? 自分でもわからない。でも――――」


「でも? なんだ?」


「魔剣持ちのシルグ。アンタを殺すには、剣じゃなきゃいけないと思ったから」


「? だったら……あぁ、なるほど。畜生め! お主は拙者を――――」


「あぁ、殺したくはなかった」


「……」とシルグは体を起こした。


「確かに、そうかもしれない。魔剣に支配されている拙者は、剣でなければ殺せぬ――――そういう概念の存在になったのかもしれぬ。――――ならば!?」 


 シルグは手にした魔剣。 最後の力を振り絞り、トールに襲い掛かってくるように見えた。


 しかし、トールは動かない。 もうシルグは自分に危害を加えない。そういう確信があったからだ。


 では、シルグはなぜ動いた? トールは、その理由まで看破できなかった。


 だから――――


「魔剣 アップシュタント――――間合いという概念を無視して切り裂き。それを拙者の魂をもって、上書きさせてもらおう!」


 シルグが行った行為。 それは切腹だった。


 刃を自ら腹部に向けて――――トールが気づいて止まる間も許さず――――一気に貫いた。


それはトールにとって予想外……


「なぜ……」と呆然とするしかなかった。


「ふっふっ……拙者の肉体は、既に死んでいた。 何の因果か、魔剣の影響で魔物化していた拙者は人間ひとに戻り、数百年ぶりの世界を見て旅をできた……だが、どうやら時間切れのようだ」


「時間切れ……? シルグ、お前に何が……」


「お主にもわからぬことはあるか……少し救われる事じゃ。拙者の魂は、やがて魔に染め直され新たなる魔物に戻る。もはや、手遅れ――――だから!!」


 自ら肉体を貫いた魔剣を引き抜く。 そして、それをトールに差し出す。


「拙者の穢れた魂を、魔剣に込めた。魔剣 アップシュタントは、もはや以前の能力ではなくなっている。しかし――――できたら、お主に使ってもらいたい」


「――――俺に?」とトールは、その魔剣を受け取った。


「そう、拙者の形見になる――――いや、拙者の分身かな? だから、これをお主が振るってくれるならば、お主を魔に堕とす事はない」


「シルグ、お前――――」


「これこれ……拙者に勝った男が、そんな顔をするもんじゃない。拙者の魂は汝と共にあらん事を――――では、これにて御免!」


 魔剣持ちのシルグ。 その最後は呆れるほどに鮮やかだった。


 それまで存在しなかったはずのつむじ風に全身が覆われ、それが霧散して消えると、シルグの体も最初からなかったかのように――――まるで白昼夢のように消え去っていた。


「彼は逝かれましたか?」と背後から女性の声。彼女は――――


「フレヤ―女王? 貴方は、こうなるとわかっていたのですか?」


「えぇ、私の愛した男は、安らかな死を選ぶよりも、強き者との戦いを選びました。私……いえ、私たちは、貴方には辛い役割を与えてしまったのかもしれません。でも、ありがとうございます。私には感謝の言葉を言うしかできません」


「――――そうか。アンタにも聞いておきたい。この剣は、魔剣アップシュタントはアンタに渡さなくてもいいのか?」


「はい、構いません。私には、あの人との思い出があれば……それだけで生きていけるのですから、それから……」


「?」


「その魔剣は、もうアップシュタントではありません。どうか、新しいその真名を私の前で呼んでください」


「あぁ、そうだな。この剣の名はアップシュタントではなくなった。

 魔剣アップシュタント改め――――魔剣シルグ」


 トールは、その刀身を眺めるように天に翳す

 

 ――――そんな時だった。


 戦いの余韻。 天へ召し上げられたシルグの想い……


 それが消え去るほどの異変が起きた。


 空中に漂う魔素が激しく揺さぶられる感覚。 まるで世界が爆発した。そんな感覚に襲われる。


 「――――ッ!? 何が、一体何がおきた!?」


 トールも激しい動揺――――否。 激しい不安に襲われる。


 それが起きているだろう方角を見る。


 それは、勇者クロスと魔物使いのメタスが戦っている場所だった。


 一体、何が起きたのだろうか? それは空気ですら禍々しく、黒い瘴気が立ち上っている。


 それを表現するならば――――


 魔


 その一文字でしか表現できない存在がそこにいる。


 トールは、そんな確かな予感を心中に抱いた。

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