第100話 温泉回 グリアのダメージ

 温泉地。 多くの旅館が立ち並び、貴族や王族が客として利用いる。


 旧スラック領と言われる高度に政治的な土地である以上、一般レベルの観光地として使用される事はない。


 そんな特殊な場所であり、今現在はトールたち以外の利用客を見かける事はない。


 利用客な皆無な状態でも温泉地をして成立する人員と財力維持を考えれば、豪快な事でもある。 もちろん、理由はある。


 旧スラック領に住んでいた人間への公共事業でもあり――――以下略


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


チャポンと水滴が湯舟に落下する音が反響。それを前提に建造されたであろう伽藍洞。


これぞ風流という数奇である。


当然、男女仕切られている。


「ふぅ……いい湯ですね。あれ? グリアさんは、どうされましたか?」 


 レナは1人先に湯舟に使っている。 遅れてグリアは――――


「むむむっ!」と唸っていた。


「ど、どうかされましたか?」


「理不尽!」とグリアはレナの胸元を刺した。


「レナちゃん、小柄で可愛らしいのに服の下には凶悪な物を隠しておいて!」


「きょ、巨悪な物って、どこを見て言ってるのですか! ひ、人聞きが悪いです!」


「でも、本当に綺麗な体しているわね」


「そんな、あまり見ないでくだ……いえ、そんなに凝視しないでください」


「触っていい?」


「へっ!? いや、ダメです。ダメに決まっています!」


「いいじゃないの、別に女同士なんだから」


「ち、近寄らないでください。あと、その手つきは何なんですか!」


「にぎにぎ! ぎゅ~!」


「歌にしないでください! あっ……」


「うわぁ、柔らかい。それに重量感っていうのは乙女的NGになるかしら? でも……」


「ちょっ……と待って……あっ……ん!? ダメです。いけません……その、仕切りの向こうには……」


「あれ? 声……我慢できなくなってるね。 隣にトールさまがいるの気になっちゃんだ。レナちゃんエッチな子だね」


「やめっ! やめてください……聞こえてしまいます……」


「いいじゃない。聞かせてあげましょうよ? 私たちが仲良くしている声と……音もね?」


「止めてください!」


 僥倖! まさに僥倖だった!


 レナの突き出した両手――――つまり双手突き。


 通常の魔物ですら一撃で絶命せしめる魔手。


 この時、グリアの命を救ったのは様々な要因があったと言える。


 湯舟で座り込んだ状態。さらに密着していたことにより、打撃の威力は大きく衰えていた。


 そのため、下半身の力が打撃に伝わらず、湯の抵抗により上半身の動きも制約されていた。


 もしも、この時――――正気を失ったレナにより、万全の状態での打撃を放たれていたならばグリアは――――


「ぎゃあぁ!」と絶叫のグリア。 


 打撃の衝撃に浮かび上がった体は、背中を石に叩きつかられて止まり、湯舟に落下していった。


「グリアさん! 大丈夫ですか! すぐに治癒魔法を」


 ブクブクと湯舟に沈んでいたグリアを引っ張り上げるレナ。見てわかるように、どうやら息はあるようだ。


 治癒魔法の効果で目を覚ましたグリアは、 


「だ、大丈夫……私の人生に一片の悔いなし……よ!」


「そんな! 笑みを浮かべるほど頭部にダメージが! しっかりしてくださぁい!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 その隣、男性湯ではトールは1人。


 湯舟にはお盆が浮かんでいて、そこには少量のアルコール飲料。


 それを一口で飲みほしながら、昼の天井に広がる青空を見上げていた。


「ふぅ……静かでいい場所だ。 こういう日があってもいいかもしれない」


 どういう工夫がされているのかわからないが、女風呂で行われている騒動。


 どうやら、その声や音は遮断されているようだった。

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