第82話 シルグという男

 「ほう! 流石に250年もすると建物1つ見ても意味がわからぬな!」


 街中、キョロキョロと周囲を見渡して歩き回るシルグ。


 何を見ても、物珍しいと感じている。


 暫くすると「ところでトール殿」と背後について来ているトールに話しかけた。


「何か?」


「言い難いのだが、俺には持ち合わせというものがない」


「そりゃ、そうだろうな」


「ちなみに聞くが、俺の衣服で金になりそうな物はあるか?」


 シルグの衣服を見る。 元々、呪いを受け骨将軍として魔物にされていた男だ。


 当然ながら、衣服はボロボロ。 生前は英雄に相応しい装備だったのだろが、見る影もない。


 ――――いや、ひょっとすると今では出に入らない貴重な素材でできているかもしれない。


 しかし、それだって、然るべき場所で然るべき人物に鑑定してもらうしかない。


 ならば――――


「金になりそうなのは魔剣くらいだと思うぞ」


「むっ……それは売れぬな」


「もしかして、飯が食いたいのか? 戦いの終わりに燃料切れとか言っていたが?」


「あぁ、飯ももちろん。 それと、この時代にもアレはあるんだろう?」


 シルグは上を向き、空の手を口におくるように動きをした。


「……酒か、仕方ない。おごってやるよ」


「おぉ、ソイツは素晴らしい」


「まぁ、俺は下戸だから付き合ってはやれないが……」



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 1時間後 ギルド長室


「ふ~ん、地下ダンジョンで戦った魔物が、呪いを受けた人間で、それが伝説の魔剣持ちシルグだったわけ」


 ギルド長 リリアはジト目で2人を睨みつける。


 シルグは、ぐだんぐだんに酔っ払い……泥酔状態だ。


 その横でトールは、


「そうだな、何よりもお前に連絡、相談をするべきだった。だが、お前も疲れて朝から酒を――――」


「言わない! そんな事実はなかった! 良いわね?」


「ん、うん?」とトールは察した。 


 きっと予想通りに、朝の出来事を思い出したのだろう。


 (やっぱり、ベッドで枕に顔をうずめて、バタバタと両足を……)


「トールくんは何を想像しているのかな?」


「い、いや何でもない」


「……」と観察するような視線をリリアは送り、ため息を1つ。


「酒場でシルグさんが暴れて壊した物は、冒険者ギルドで弁償します」


 あの後、酒場に行ったトールとシルグ。 最初は、現在の料理に「めずらしい! これもめずらしい!」と絶賛しながらの舌鼓をしていたシルグだったが、徐々に酒が入り、


「トールや、トールや! これを飲んでみろ。酒でも飲み心地はいいぞ!」


「いや、俺は――――」


 そんな感じで、酒が入っていき――――困った事にトールは酒乱の気があったのだ。


「そうか、助かるよ」と弁償額を頭で計算していたトールは胸を「ホッ」と撫でおろした。


「暫く、シルグさんは冒険者ギルドで保護する事になりますね」とリリアはため息をもう1つ追加した。


「前代未聞ですよ。250年前の英雄が復活するなんて……ギルド内部でどうにかできる問題でもありませんから――――」

   

「うむ、俺は構わんぞ」


 それは泥酔していたシルグの言葉だった。


「気づけば250年の年月が経過していた。 冒険者として俺は、この世界に期待している」


「えっと……シルグさん? 何をおっしゃって?」


「俺は見聞を広げる旅に出る! この俺が一介の冒険者となる――――なんて素敵な世界なんだ」


「あの……盛り上がっている所をすいません。ギルドとしては、暫くは――――」


「確か……リリアだったな。 冒険者ギルドか、俺の時代には存在しなかった良い制度だ。ならば、俺1人がここで手を煩わせるわけにはいくまい」


「いえ、そういう問題の話ではないのですが」とリリアは言うが、シルグは聞く耳を持たないという感じだった。


「ちょ、ちょっと、トールくんも何か言って止めてください。この人、このまま出て行きそうですよ」


「あ、あぁ」とトールは言ったものの、内心では――――


(おもしろい! 皆が憧れる伝説の冒険者でありながらも、この獣気を内蔵した男を――――もしも、今の世に解き放ったら)


 そんな事を考えていた。 


「むっ? 邪魔するつもりかトール?」


「本当はやりたいない――――」と言い終えるよりも早くトールが前に飛ぶ。


「むっ!」と迎え撃つシルグ。


 攻防は一瞬だった。


「――――なぜ? 自ら俺の技を受けに来た?」とシルグ。


「技を受けて見たかったから……かな?」とトール。それから、


「これは旅の餞別です」とシルグの懐に自分の財布を入れた。


「それは、すまぬな」と両者はリリアに聞こえぬ小声で会話を交えた。


 会話を終わらすと、トールは床に倒れて見せた。


 倒れたの演技だ。

 

 自ら技を受けに行ったため、ダメージは見た目よりも少ない。 


「では、トール! リリア! 再び、どこかで会うとしよう!」


 大声でシルグは叫ぶと、冒険者ギルドから飛びだして行った。


その背後で「あぁもう!」とリリアは頭を抱えながら、倒れたふりをしたままのトールを看護するのであった。

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