第70話 復讐鬼の存在理由

 あんなにも望んでいた。 あんなにも渇望していた近間の戦い。


 唯一の勝機。 そのはずではなかったのか?


 今、ブレイク男爵が行う行動は距離を取る事――――いや、逃走と言ってもいい。


 その細長い四肢に込まれた魔力。 それは一撃必殺――――


 比喩ではない。一撃でも、触られれば必ず殺される。


 僅かに回避が遅れると、すぐさま間合いを詰められる。


 ――――? 間合いを詰められる? それだけ?


 その違和感にブレイク男爵は気づいた。


(なぜだ? なぜ、私は生存し続けていられる? ここまで優位にたってトドメとさせないのは、余裕? 遊んでいるのか? ――――いや、違う!)


トールは間合いを詰めると、その両手に魔力を秘めた魔拳の一撃。


それをブレイク男爵は回避する。


(……魔力を込めるという1工程ワンアクションが拳の鋭さを落としている。 ――――それだけではなく、苛立ち? 精神的なブレが肉体的な動きにも現れている。 ならば――――)


 魔拳の回避と同時にカウンターとして腕を振るう。


 隻腕となり、唯一残された腕――――ではない。


 トールの虚を突くために、切断された腕をあえて武器にする。


(――――だから、入る!)


 顔面に叩きつけられた一撃と共にブレイク男爵のあふれでた血液。


 それが目潰しの効果として、トールの視界を阻害した。


 「これが本命の一撃だ」


 ブレイク男爵に残された腕。それに備わっている拳は、まさに鉄拳。


 強く強く固められた拳は鉄の鎧すら打ち砕く。


 それが強く強く――――トールの顔面を打ち抜いた。


(勝った! これで立ち上がってこなければ、私の勝ち。 もし、立ち上がってきたら――――)


 ブレイク男爵は失られた自身の腕を見る。 意思の力で出血を抑えているが、戦闘可能時間は、ほとんど残されていない。


(もう立ちあがって……)


 もう、立ち上がってくるな。 そうブレイク男爵の祈りは打ち砕かれた。


 僅かに視線をトールから外し、負傷した腕を確認した―――その次の瞬間にはトールが立っていた。


「ば、ばかな! 秒単位で回復する打撃では――――」


 しかし、ブレイク男爵は言葉を止めた。


 何かがおかしい。 トールの身に何か起きている。


「……意識がないまま、立ち上がってきた? それにしては――――奇妙だ」


 この時、トールの身に何が起きたのかと言うと――――


 ・・・

 

 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 トールの内面。 精神世界において――――


「おいおいおい、勘弁してくれよトールさんよ。今、戦いの最中だぜ?」


  復讐鬼は嗤った。 彼の目前にはトール・ソリットが立っていた。


「お前だって、この戦い勝ちたいだろ? 恩讐の彼方から俺が来て、不倶戴天の敵を殺そうって感動のシーンが台無しになってしまったじゃねぇかよ!」


「俺は復讐なんて望んでいない」


「がっはははは……そりゃ、そうだ。 その感情は全部、俺が引き継いだからだ。お前が俺に押し付けたんだろ!」


「そうか……それは悪かったな」


「あん? なに謝ってるだよ? そういう状況じゃないってわからないねぇか?」


「いや、お前だって……押し付けられたって思ってたんだな。そう思って」


「――――ッ! なんだてめぇ、俺を、俺を憐れんだ目で見るんじゃねぇよ!」


 薄暗い蒼の炎が復讐鬼の拳に灯り――――やがて全身に火がついた。


 対して、トールもまた――――それでも復讐鬼とは違って真っ赤な赤い炎に全身が包まれた。


 両者の間には何もない。 猛り狂い、駆け出しそうになる体を無理やり抑え込み――――


 互いに一歩、一歩……確かめるように前に歩く。


 技とか……戦術? そういうものは2人とも捨て去っている。


 比べるのは、自身の存在。 自身の精神の比べ合い。 


 だから、比べ合いはシンプル。  足を止めて――――殴り合う。


 防御なんて不要の長物。 叩き込まれた衝撃に互いの体は後方へスライドしていく。


 けれども、痛みはないと主張するようにコツコツと足音を上げ、拳が届く間合いへ。


「すまない。少しばかり踏ん張りが足りなかったみたいだ。後ろへ下がってしまった」


「だから――――へッ!」と復讐鬼は言葉と唾を地面に吐き捨てると笑った。


「何、謝ってるんだよ。下がったのはコッチだって――――フン!」


 再び、拳を交わえる。 今度は下がらない。


 三度、四度……殴り合う。


 打撃音が精神世界を破壊するかのような轟音を上げる。


 削り合うのは、自身の存在理由。


 負ければ自我の消失。 それでもなお――――


 2人は笑っていた。


「なぁ……」


「あん? なんだよ。こんな時に――――」


「こんな時だから……たぶん、これが最後だから……」


「だから、なんだよ」


「なぁ? これ楽しいな」


「――――へっ! 言ってろよ!」


 最後の会話。 そして、それは――――


 その姿にもはや――――


 復讐心は消滅していた。

  


 

 


  


 


 

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