第61話 黄金帝 ルキウス王


「捕らえろ。我が娘も拒めば――――生死も問わない」


 その命令。普段は従順なる猟犬部隊ですら、躊躇を見せた。


「本当によろしいのですか?」と隊長は聞き返す。


「構わぬ」と端的に断じる。それでも動き出さない部隊に、


ブレイク男爵は頭痛を抑え込むように頭を押さえて天を仰ぐ。


「私は臆病者だが……娘のために国を亡ぼすほどの愚か者ではない。 私は愛国者なのだよ」


 やがて隊長は、命令を発した。


 兵は、準備していた刺股さすまたを構える。


 槍にも似ているが、非殺傷能力を高めた捕縛専用とも言える武器だ。


 それを前にグリアは「父上……」と親子の情を捨てるように睨みつける。


「父上に、我が国に、正当性はございません。これ以上の罪を重ねる事になんの意味がありますか!」


「黙れ! それでも私は――――善悪で国を滅ぼそうとは思わぬ!」


「――――あれを見ても、そう言えますか?」


 グリアはブレイク男爵の後方を指す。 そこには高い塔が聳え立つのみ――――そのはずだった。しかし――――


 塔の最上部。 揺らめく炎の光が見えた。


「あれは――――あの魔力は、トール・ソリットか!」


 男爵は叫ぶ。 彼はトールがどれほどの魔力を鍛錬で得ているのか知らないはずではないか?


 だが、それでもわかるものがある。  決して交えない敵対者同士の反発。


 屋根の上、狂風に煽られてもバランスを崩すことなく、 射殺すために鋭い視線を男爵に飛ばしている。


「ブレイク男爵……俺に殺意はない。けど、俺の内部にいる復讐鬼が囁く。早く去れ――――」


 対する男爵。 


(試されている。私を試すと言うか咎人トールが! 国と自身の命を天秤に賭けてそれでも国を選ぶかと!)


「――――私を舐めるな。トール・ソリット! 行け!我が猟犬部隊よ! その忠誠を示せ」


 刺股を構えた兵が前進する。 対して、残った兵がブレイク男爵の周囲に集結する。


「な、なにをしている貴様ら?」


「はい、我々でも肉体を壁にすれば、あの魔力からでも男爵をお守りできます!」


「例え、肉体が燃えても――――死しても一歩も動きません!」


 皆、死地を前にひきつった顔。それでも無理に笑みを浮かべている。


「馬鹿共め……ならば良し! 共に地獄に落ちようぞ!」


 その瞬間、猟犬部隊の士気は爆発した。 数百人の人数が1つの意思を持つ生物の如く、それぞれの目的のために動き出す。


 しかし――――


「待て! その命を俺が預かろう」


 何者だろうか? 


 その戦場を一言で支配した者がいる。紛れもない支配者の声。


 戦いを続けていたコリンもハイドも動きを止める。


 剣を抜くグリア。 同じく杖を構えるレナ。


 数百の部隊も、命令を発したブレイク男爵も――――


 遠く離れた場所で炎の矢を構えるトールですら、その人物の顕現に目を疑う。


「これより、俺の命によって咎人トール・ソリットを無罪放免とする。これは勅命である!」


 勅命の発動。それが許される者は各国に1人しか存在を許されない。


 それは、すなわち――――


「どうした? 王の御前であろう!」


 中央都市に君臨する王。 ルキウス王 人呼んで黄金帝の君臨だった。


「で、ですが……我が王。トールを無罪にするという事は、我が国の暗部を国民に知られることになります。それは、なりません」


 唯一、震えながらも王に反論をするブレイク男爵。


「いいや、残念ながらそれどころではなくなった」と首を振るルキウス王。


「ちょうどいい。下りてこいトール。 ここは教会であろう? ならば、皆で食卓を並べよ! なに、茶くらいなら皆に俺自らが振る舞ってやろうではないか!」


  

・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「うむ、中々の出来ではあるな」


 黄金帝 ルキウス王自らエプロンを身に着け、ボロい教会のキッチンに立っている。


 エプロンまで金色だ。 彼は本当にお茶を準備しているのだ。


「さて、流石にお主の部下の分まで用意はできないがすまないな」


「い、いえ、恐縮です。 まさか、我が王から振る舞いを受ける機会を得るなど夢のようで……」


「気にするな。俺の新しい趣味だ。ゆくゆくは貴族も平民も茶席を設けて楽しめるようにするのが当面の目標だ」


「貴族と平民も……ですか?」


「おぉ、愉快であろう? 茶席の前に上も下もなかろう。だが、普段は偉ぶっているお前が平民に茶を振る舞わねばならぬのだぞ? 想像するだけで笑いがこみ上げてくると言うものだ」


「かっかっか……」と黄金帝は大きく笑った。


「それで……どうしてこうなった?」


「おぉ! トール・ソリット! 積る話はあるが、ここは我慢だな。では本題にはいるとしようではないか!」


 そう言うと、黄金帝は最後に席に座り、自ら用意した茶に口をつけると――――


「うむ、やはり美味である。 皆も口をつけるがいい」


「陛下……早く本題を」


「ほう、そう急かすではない。 緊張をほぐさなければキツイ話になるぞ?」


 そう言いながら、黄金帝は語り始めた。  


 



 

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