第43話 夢。それから襲撃

 トールは体に重さを感じていた。


 まるで鉛の海――――それも熱で溶けた鉛の中を泳いでいるような感覚に襲われる。


(――――いや、ならば夢だろう。 実際に鉛の中を泳いだ時の体が溶けるような熱はない。だが――――)


 ただの夢であろうはずもない。 そう思うよりも早く声がした。


「よう、兄弟。こうして直接会うのは初めてだな」


 それはトール・ソリット本人だった。 少なくとも、外見はトールを瓜二つの存在。


「お前、あれか? 俺の中にいる復讐鬼ってやつか?」


「ふん、復讐鬼ってやつか? だって? おいおい、兄弟よ。状況を甘く見過ぎじゃねぇか?」


「――――夢の世界なら、互いに交わえるという事か」


「交わえる?」と復讐鬼トールは笑う。


「はっきりと殺し合えると言えよ。いいんだぜ? 今から始めたって」


「それは嘘だ」


「あん? ずいぶんとハッキリと言うじゃねぇか」


「お前と俺が同じ存在なら、そんな事を言わない。言わずに襲い掛かってくる」


「……」


「わざわざ会話を交えるなら、攻撃の意思はないという事だ」


「そうかな? 殺す前の慈悲深さが俺にもあるかもしれないぜ?」


「そうだが……良いのかい? 本当に、今から試したって」


「――――いや、しらけちまったぜ。本題に入ろう」


「本題?」


「あぁ、コイツは凄いぜ? とんでもない悪意が紛れ込んでいやがる」


「俺には何も感じないぞ」


「あぁ、ソイツは巧妙に隠している。俺みたいに人の奥底から悪意だけを見ている人間じゃねぇとわからないレベルだ」


「そうか……それはすまない」


「あん? なぜ謝る? なんのつもりだ」


「今のお前は、悪意だけを見なければならない状況なのだろ?」


「……よせやい。お前に頭を下げられる筋合いはない。いつか、殺し合う相手だぜ」


「いや、よかったら休暇中にでも使うか? 俺の体を?」


「――――っ! あんた馬鹿だぜ?」


「それはよく言われるさ」とトールは苦笑してみせた。


「まぁいい。どうせなら、アンタを倒して、堂々と太陽の下を歩いて見せる」


「そうかい。それは楽しみにしておく」


「首を洗ってまってろ」


「それから、ありがとう。 わざわざ、忠告のために夢に現れてくれたんだろ?」


「チッ」と舌打ちを1つ。 復讐鬼は――――


「調子が狂うぜ。俺とアンタが同一人物なんてな。 笑えねぇ冗談だ。……まぁいいさ。いずれ力を手にいれて――――アンタを倒す。それまで、誰にも負けるんじゃねぇぞ」


「あぁ、それは約束しよう」


「ふん、それと早く起きた方がいい。俺たちの体の貞操が危ない」


「待て、それは一体、どういう意味――――」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


トールは目を覚ました。 


 体に若干の疲労が残っている。精神である夢に肉体が引っ張られているのかもしれない。


「あっ……起きたの? ア ナ タ ! 」


ベットの横。見れば裸のグリアが横たわっていた。


「昨日は……激しかったわ。 また、今日も――――どうせなら、今からでも」


「な、何をやってるのですか! グリアさん!」と中にレナが飛び込んできた。


「あら? レナちゃん。もう良いの? 今まで隣で聞き耳を立ててたでしょ? どうだった私たち2人での初めての協業作業は?」


「そんな! 嘘です、耳を澄ませても、エッチな声なんて聞こえませんでした」


「……何をやっているんだ? お前等……」


「そうです! グリアさん、服を早く着てください。なんで全裸なのですか?」


「あらあら? やっぱり夫婦の営みを聞いたり、見たかったりしたかったのね。別にいいわよ。レナちゃんだったら3人で一緒に気持ちよくなれ――――痛っ!?」


 グリアの頭に拳骨げんこつを落とすトールだった。


「なによ。少しくらいいいじゃない。私、プロポーズしたよね? 返事は? ねぇ返事はまだ?」


「残念ですが、グリアさんとトールさんは結婚できませんよ?」とレナ。


「え!? なんで! ――――いやいや、それはあれね。いくら嫉妬でも嘘はよくないわよ」


「いえ、今のトールさまには戸籍が存在していませんから」


「!? 盲点! それは盲点だったわ……やっぱり、トールさまを牢獄に送り帰して、獄中結婚に計画を変更した方が……ごにょごにょ……」


「やっぱり、グリアさんを徒党から追放しましょう!」


「――――いや、追放も何も徒党に入れたわけでもないのだが……」


そんなにぎやかな朝。 トールは、夢の中で復讐鬼が言った忠告を忘れていた。


だから――――


爆音。 それから衝撃が広がり、何かの襲撃を受けている事を理解した。


トールたちは天幕から飛びだし、外へ――――


まだ日が昇りきっていない薄暗さ。


夜と朝の中間。 そこへ眩しい光を放つ生物――――魔物が浮遊していた。


全身を炎で包まれた大鳥。 それは魔物というよりも神獣とされる存在。


聖者の行進であるはずの一団を神獣が襲おうとするあり得ない事態。


その魔物――――神獣の名前は不死鳥。


不死鳥 フェニックスだ。     

 


 

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