第32話 今週の人工魔獣1号

「ふっふっふ……」と科学者は笑う。


「やはり冒険者を罠にはめるには、非殺傷性の罠に限りますなぁ。 冒険者連中は殺意を感じ取って避ける可能性もありますからねぇ」


「いや、余裕ぶってるけど、アンタも一緒に落ちてどうするつもりなのよ」


 レナとグリアは落とし穴に落下した。 ついでに科学者も落下していた。


「いやぁ、冒険者だけを落としてもワシの研究の成果を肉眼で見えないと意味がないからのう!」


「こ、この件は、ギルドを通して、しっかりと抗議させてもらいますよ」と普段は大人しいレナも、流石に語尾を強める。


「まぁ、ぶっちゃけ……この依頼で得た研究成果は冒険者ギルドと共有することになっているので、これは非公式なギルド公認依頼だったりするわけだ」


「ギ、ギルドも、冒険者ギルドもグルという事ですか!?」


「はっはっは……ワシが魔物を実験的に作る。冒険者ギルドは人工的魔物の情報を得る。まさに両方お得ウィンウィンな関係ですな」


「グリアさん! ギルド監査の判定は!」


「はいアウト! それ普通にアウトだから……どうしてくれるの? 冒険者ギルドへ提出する業務改善命令を作成しなきゃいけなくなったじゃない!」


「ぬ! しまった。その娘っ子! ギルド監査で来たブレイク家の者だったか!? こりゃ失敗失敗。ワシとした事がぬかったわ」


「テヘ……みたいな顔をするじゃないわよ。 アンタにも、それなりの罰を用意しておくから覚悟しておきなさい!」


「まぁ、それは置いといて、とりあえずワシの今週の最高傑作1号をご覧あれ!」


「今週って! こんな事を週単位でやってるんですか!」とレナのツッコミも虚しく……


地面が揺れ始める。


「ま、また落とし穴って事はないですよね?」とレナ。


「いやいや、今回は依頼通りの魔物討伐じゃよ」


「それじゃ人工魔物キメラが……」


「それはラスボス予定じゃ。これは人工魔物スライムじゃ!」


「す、粘獣スライムって……大見得を切ったわりに、粘獣なのね」とグリア。


「はっはっはっ……ワシの人工魔獣をただの粘獣を思うなよ!」  


科学者の言葉と同時に上から何かが落下してきた。 もちろん、それは粘獣だった。


「ふ、普通の粘獣スライムですね」とレナ。


「うん、普通に見えるのだけど?」とグリア。


「うむ……普通の粘獣じゃ」と科学者。


「いやいや、なんでアンタまで当然のように会話に入ってくるのよ! さっき言ってたわよね! だたの粘獣と思うなよ! って言ってたわよね!」


「ほっほっほっ……ただの粘獣じゃよ。しかし、ワシの研究成果では、純度の高い真の粘獣こそ――――最強の魔物に到達し得る!」 


次の瞬間、空気が凍り付いたような感覚に陥るレナとグリア。


「こ、この圧力を粘獣が出しているって言うの?」


 それは闘争心。


 従来の粘獣にはあり得ぬほどの闘争心から繰り出される圧力。それにより2人は動きを止められる。


 その一瞬、粘獣に変化が起きる。


「あ、あれをグリアさん、見てください! あの粘獣……大きくなってませんか!」


レナが指摘する通りだった。 最初はゆっくりと、徐々に速度を増し――――


気がついた時には巨大な粘獣が目前にいた。


デカい。 


見上げるほどの大きさ。 ちょっとした一軒家と同じくらいのサイズになっていた。


「これは……少しまずいのでは?」とレナ


「だ、大丈夫よ。大きいだけで、粘獣……のはず」とグリア。


「そう思うならば打破してみれば、そう信じるならば戦ってみると良い。これがワシからの真の依頼クエストよ!」


「――――っ! アンタ、あとで絶対に一発は入れてやるか! 覚悟して待っておきなさいよ!」


「おー 怖い。怖い。流石は冒険者ギルドも怖がる監査さまじゃ、まぁワシはここで見物させて貰うから、かんばるんじゃぞ!」


ブチと何かがキレるような音が聞こえた。


「えっと……グリアさん、大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫よ、レナちゃん。 ちょっと、血管が損傷するレベルの怒りがこみ上げてきてだけで――――すぐにアレ……排除するから」


「は、はい。できる限り支援させてもらいます!」と少し、グリアを怖がるレナだった。



 そして――――


 グリアは改めて剣を構える。 相手は――――


 人工魔物 粘獣。


 要するにスライムだ。 しかし、そのサイズは尋常ではない。


(剣で切っても簡単に再生しそう。 スライムならコアとも言える弱点があるはずだけど……見えないわね)


「ちなみに核は肉眼で見えないように無色透明に細工をしておうからな」と外野から科学者の声が聞こえる。


「ふん、アドバイス? 後で手加減をしてほしいなら、今すぐ謝る事ね。頭を地面にこすりつければ、少しくらいはボコボコにする手を緩めてあげてもいいけど?」


「怖い娘さんじゃ。良い所もなしに終わったら研究成果も冒険者ギルドに出せんからな」 


「――――っ! 言ってくるじゃない。 歳を取ってる分、人を煽るのがうまいのかしら」


「なに、本心じゃよ」


「上等よ! そこでしっかり見ておきなさい! レナちゃんは後方支援を頼むわ!」


「は、はい!」とレナは杖に魔力を集中させた。

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