第29話 私を依頼《クエスト》に連れて行ってくれるかな?

「それで、どうやった? 殺したのか?」


 朝の教会、いきなり物騒な話題だ。少し、彼から怒気が漏れて見える。


トールはハイド神父から、「例の看守の事は問題ありません」と言われたのだ。


「ここは教会ですよ。神さまの家ですよ? そんな物騒な事を言えません」


「語るに落ちてるじゃないか……」


 ハイド神父の言葉は殺害した事を認めるようなものだった。


「トールさま、貴方には10年間を取り戻す権利があります。それを邪魔しようと……あまつさえ、殺そうと襲った輩にまで思う所があるのですか?」


 それは純粋に、不思議な疑問という感じでハイド神父は口にした。


「ハイド、お前はスックラを復興させるために脱獄を協力させたのだろ?」


「それは……」と神父は言い淀む。


「それは、いずれ俺が先頭に立って戦火を巻き起こさなければならないという事だろ?」


「はい、それは我らが念願」とハイド神父は正直に答えた。


 この男の目的……そのためには戦争を起こすと彼は平気で言う。


「そうか、俺は、あれを繰り返さなければならないのか」


 トールの脳裏に戦争の思い出が蘇る。


 戦争。 


 魔王率いる魔族の軍団に戦いを挑んだ過去。 血で血を洗う殺し合い。


 そして――――


 トールの中には、それを良しとする復讐鬼が存在している。

 

 昨日、ソイツがトールに直接、その存在を示してきた。


 (あれは怪物だ。 復讐心しかない俺の心の具現化。アレを解き放ってば、どれほどの被害が――――) 


 「トールさま……ハイドもここにいましたか?」


 「あぁレナか。どうした?」


 「はい、奇妙な手紙が届いていたので……」


 レナが手にした紙をトールは受け取った。しかし――――


 「……白紙か?」とトール。


 「これは白紙ですね」とハイド。


 「はい、間違いなく白紙ですよね?」とレナ。


 全員の意見が一致した。 


 間違いなく何も書かれていない白紙の手紙。


 「これは悪戯でしょうか?」


 「そうしょうね。捨てておきますか」


 レナの意見に同意したハイド神父は破棄しようとするが――――


「いや、待てよ。悪戯にしては紙が上質な物だ。結構な値がするぞ」


「ん? しかし、どう見ても白紙だと思うのですが?」


「白紙で何も書かれていないなら」とトールは指先に魔力を集中させて火を灯す。


「トールさま……いくら何でも教会内で火を扱う時は厳重に」とハイド神父。


「こんな時だけ、聖職者ぽくなるな」とため息交じりにトールは笑った。


「見ろよ。コイツは簡単な炙り文字だ。 透明な酒や果糖で書かれていて、熱してやると……」


「文字が浮き出てきました。 これは――――」とレナが読み上げた。


「冒険者ギルド 監査 グリア嬢 到着 来るな リリア」


単語だけで箇条書き。しかしこれは……


「確か、リリアってギルド長の名前ですよね? これは冒険者ギルドにブレイク家の監査が既に到着していて待ち受けているという事ではないですか!」


 レナの言う通り、間違いないだろう。


「グリアか……危険な奴が出てきたな」とトールは呟く。


「このグリア嬢ですか? いったい、どのような方なのですか?」


「グリア・フォン・ブレイク……名前でわかる通り、ブレイク男爵の1人娘だ。歳はレナと同じ歳だったはず―――― 10年ほど前から剣の道を進み、魔物狩りモンスターハントで見る限り、俺でも勝てるかどうか……」


「トールさま以上の剣士という事ですか! そんな人が存在するなんて……」


「驚く事はないさ。 別に俺だって自分を最強の剣士なんて思った事はないさ」


「ですが……」とレナはそれ以上、言葉が出てこなかった。


「しかし、問題は……どうします? 冒険者が依頼を受けないとなると……ますます疑われますよ」とハイド神父。


「そうだな。暫く、依頼はレナが1人で受けて貰い、後から合流して依頼をこなす……あるいは前回のように特別指令ミッションでもあればいいが……監査の目が厳しくてできないだろうな」


「そう言えば、前回の特別指令ミッションで私たちの冒険者ランクもあがりましたね」


「あぁ、レナはAランク冒険者に、俺はBランクか……新人にしては異例のランクアップだな」


「流石に竜種を倒した冒険者を低ランク帯にしたままだと冒険者全体のバランスが崩れるからではないでしょうか」


「なるほど、今の状況で受けれる依頼の幅が増えるのは助かる」


(まさか、それすらリリアが裏から手を回したわけではないと信じているが……)


「それでは早速行ってきます」とレナは冒険者ギルドへ向かった。



―――冒険者ギルド――――


 そこはいつも通りと違っていた。


 顔馴染みの冒険者たちは、どこか不機嫌。受付嬢たちも、緊張が隠せずにいた。


 よく見れば、正装をした男たちが目立たぬように立っている。


 (あれが監査の人たち……猟犬部隊と言うでしょうか?)


 様子を窺いながら、掲示板に向かうと手ごろな依頼を探し始める。


 すると背後から声をかけられた。


「ちょっと、貴方…… あなたよ! あなた!」


「はい!」と驚いて振り向くと同じ歳くらいの少女が立っていた。


「ふ~ん、ちょうどいいわ。あなたの名前は?」


「私はレナです……名字はありません」


「レナ?」とじろりと鋭い視線。それから――――


「まぁ無関係でしょうね。それより、あなた冒険者でしょ? ランクは?」


「えっと……今日からBランクになりました」


「うっそ! その歳でBランク! 凄い!」


「え? い、いえ、たまたまです。私の実力とは……」


「うん、それじゃ私を依頼クエストに連れて行ってくれるかな?」  


「はい?」と聞き返すレナに彼女は自己紹介をした。


「あっ……申し遅れましたね。私の名前はグリア・フォン・ブレイク。今日は監査のために来たので誰か冒険者の仕事を見学したかったの。あっ! ちなみに拒否権はないから」

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