樹精鹿(うっせーなこいつら……)
体高はフィンの倍以上ある。体重も恐らくオークに劣るまい。
ちょっと及び腰になるフィン。
「ふむ、鹿のような植物のような……一体どちらなのであろうな?」
興味津々の様子で、総十郎は樹精鹿の頬に触れている。
「幼生の時は、他の植物と変わりませんが、十年ほど成長を続けると、やがて根を地面から引き抜き、自力で移動し始めます。そしてより濃く精霊力が吹きだまっている場所を求め、森を駆け回るわけですね」
「本質は植物であるか。鹿のような姿を取るのは、森の中を効率的に移動するための収斂進化であろうか……」
和毛のような苔が生えている首筋をわしゃわしゃ撫でてやる総十郎。
そのさまを見て、フィンも恐る恐る手を伸ばす。
鼻先に触れる。硬そうな見た目に反して、弾力のある感触だ。そして、暖かい。
鼻孔がひくひくと動いている。フィンの匂いを嗅いでいるようだ。
「は、はじめまして、であります」
そう声をかけると、長い首が下りてきて、フィンの頬に自分の頬を押し当ててきた。
撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうだ。
「で、こいつらの可食部位どこ?」
「食わんわっ! 唐突に恐ろしいことを言うな貴様はっ!」
「いやいやいやそうゆう固定観念よくないザマスわよ虎の睾丸とかわりとガチで美味らしいし」
「殿下とフィンどのの前でそういうこと言うのやめろ!!」
「虎のキンタマとかわりとガチで美味らしいし」
「言い方の問題じゃない!!」
「ところで樹精鹿ってキンタマついてんの?」
「キンタマ談義を広げるな!!」
ぎゃあぎゃあ言い争っている烈火とリーネを尻目に、フィンは樹精鹿たちの側面に回って眺める。
二頭の背には、革製の鞍が据えつけられ、鐙も完備されていた。
「時にリーネどの。どちらがクレイス氏で、どちらがラズリ氏であるか?」
「え!? あぁ……今目の前にいるほうがクレイスですね」
「クレイス氏よ、初対面で不躾なお願いであるが、背に乗せてもらっても良いだろうか。」
するとクレイスは総十郎の前で膝を折り、鞍の高度を下げてくれた。
「なんと。ヱルフの友、というのは比喩ではないようであるな。人語を解するとは。」
「ふふ、ソージューローどのの誠意を読み取ったのですよ。初めてでそこまで意志を通わせられる方は珍しいですね」
微笑み、リーネは慣れた動作でラズリに打ち跨った。
「第二都市オンディーナまでは二時間。着いたらすぐにオークどもの包囲を突破せねばなりません。急ぐとしましょう」
「おい、ちょい待ち」
「ん? な、なんだ」
「二頭しかいなくね? 五人乗るの無理くね?」
「あ……」
一人しか召喚しないつもりだったから仕方ないのであった。
●
背中に総十郎の体温を感じながら、フィンは歓声を上げた。
「わぁ――!」
ものすごい勢いで苔むした森が後ろへと流れてゆく。
カイン人でも徒歩ではこれに追いつけまい。
起伏に富んだ地形を、ストロークの長い跳躍で軽々と踏破してゆく。
隣には、シャーリィとリーネが騎乗する樹精鹿が並走していた。
「小官の全力疾走より速いでありますっ!」
リーネや総十郎の口から、かすかな笑いが漏れた。
「フィンどのは乗馬の経験は?」
「じょうば……? 野生動物はずいぶん昔に滅んでしまったと歴史のご本に書いてあったであります」
「え……」
「移動はだいたい狭くて暗い
「え、えーぴーしー? ど、どうしてそんな暗くて狭いものを使っているのですか?」
「外の大気がかなり汚染されていて命に関わるほど有害なのであります。密閉されない輸送車両は使えないのであります。残念であります」
二人のエルフは目を見開いてこっちを見た。総十郎も、かすかに息を呑んでいる。
なぜか、微妙な雰囲気になってしまった。フィンは首を傾げる。
「……どうされましたか?」
「い、いや、いいのです! 変なことを聞いて申し訳ないっ!」
アワアワしながら謝ってくる。
しかし、どうして謝られたのかわからない。
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