第68話「願望」
子供たちが自転車を捜索している間。
弘華と支援分隊はある場所を訪ねていた。
「弘華ちゃん!」
あらかじめ準備していた連絡用の回線から訪問を告げたうえで、もぐら道を通ってそこを訪ねた。
テレビ岐阜東、そのスタジオ。
もぐら道の出口である報道番組の背景のスクリーン裏から弘華が顔を出すと、新倉が声を上げた。
その目に、涙が滲んでいる。
「無事だったのね……」
優しく抱きしめられて、胸が熱くなった。
「心配かけてごめんなさい」
「……また、顔つきが変わったわね」
「そうですか?」
「うん。また、少し大人になったみたい」
「ふふふ」
弘華が笑うと、新倉も笑った。
「さあ。準備はできてるわ。まずは情報共有ね」
「はい」
新倉をはじめとするテレビマンたちと頭を突き合わせて情報を共有する。
場所はスタジオからさらに潜った先の隠し部屋。
──プルルルルル。
有線の電話機が音を立てる。
「どうしたの?」
新倉が対応すると、電話機の向こうからは緊迫した声が聞こえて来た。
『黒豹がそちらに向かっています』
「情報提供感謝します」
『頼みますよ』
「はい」
短いやりとりのみで電話を切った新倉が、今度は別の場所に電話をかける。
「全社員に連絡、プランB」
それだけ告げて、電話を切った。
「内通者からの連絡よ。政府の中枢にも、佐護のやり方に疑問を持っている者は多いのよ」
「黒豹がここに向かってるってことは、私を探してるんですね?」
弘華の質問に新倉が頷く。
「私たちがあなたを匿っていると考えるのは、まあ自然な流れだわ」
「プランBっていうのは?」
「社員全員、退避よ。今頃、もぐら道を使って潜っているわ。必要な機材も、すでに退避済みよ」
ごくりと息を飲んだ。
それは、つまり。
「
「でも……」
「大丈夫よ。納得できない人は、すでに社を去っているわ」
思い切った決断。
それほどまでに、彼らも佐護の作る新しい世界を避けたいということ。
だとしても……。
弘華が、その決断をさせてしまった。
唇を噛む弘華の手を、丸塚がそっと握る。
弘華が決断させた。
それは事実だが真実ではない。
──彼ら自身が、決断したのだ。
弘華にできることは、それを受け止めることだけ。
戦い抜くと決めたのだから。
「……ありがとうございます」
「ふふふ。今頃、無人になった社屋で目を白黒させてるでしょうね」
新倉の悪そうな顔に、思わず笑みが溢れた。
「さあ、あいつらに一泡吹かせてやりましょう!」
情報共有を終えた後は、必要な映像を撮影した。
終わる頃には、3月6日が終わろうとしていた。
「あとは編集作業ね。明日の朝には完成させるわ」
その言葉に、数人のスタッフがぎょっとしたのが見えた。
……これから無理をさせるのだろう。
──プルルルルル。
再び鳴った電話。
「はい。……わかりました。伝えます」
今度は電話の向こうの声は聞こえなかったが、新倉の表情を見ていれば、相手も用件もすぐにわかった。
「弘華ちゃん!」
新倉が笑顔のままで弘華を呼ぶ。
「自転車、見つかったって!」
さらに別のスタッフが慌てて端末を持って来てくれた。
その画面には自転車の写真。
「今、送られてきました」
端末の画面には、赤色の自転車。
前かごのへこみが、弘華が乗っていた当時のままだ。
次の写真は、ハンドルの下あたりの拡大図だった。赤い塗装が剥げて、そこにわずかだが文字が残っている。
『盗まれたらいかんからな。自転車には名前は直接書くもんや』と言っていた近所の自転車屋のおじさんの顔が思い出される。
──おじさんが消えにくい塗料で書いてくれた、弘華の名前。
間違いない。
「これ、です」
弘華が息を吐くと、周囲から歓声が上がった。
「望みがつながったわね!」
新倉が弘華の肩を抱いた。
「はい」
「それじゃあ、これで作戦はゴーね」
「よろしくお願いします」
「決行は?」
3月11日までにはまだ数日ある。
ただし、余裕があるわけではない。
『黒豹』も弘華たちの動きを警戒しているし、この場所が絶対に見つからないという保証もない。
「1日だけ待ってください」
「何か、他にやるべきことがあるのね」
「はい。……洗川一尉に、連絡します」
ざわついていた室内が、シンと静まり返った。
「つまり、鈴鹿に……『凩』に私たちの作戦を伝えるということ?」
「そうです」
「それは……」
新倉が難しい顔をして黙り込んだ。
「得策じゃないってことはわかります」
「そうよ。『凩』には、こんな回りくどい方法をとる必要がないわ」
「はい。私を殺せば、それで済む話ですから。わざわざリスクを背負うようなマネは、しないでしょうね」
「連絡したところで、弘華ちゃんを拘束しようとするだけじゃない?」
「そうかもしれません」
新倉が正しい。
こちらの作戦については『凩』には何も告げずに決行すべきだ。
騙し討ちの形にはなるが、作戦が成功した後で事情を説明すればいい。
けれど。
洗川一尉、槌野二尉、そしてたくさんの仲間たち……。
「いろいろ考えたんだけど、やっぱり……私たちは仲間だから」
弘華と同じように多くのものを失いながら、それでも戦い続けて来た人たちだ。
「私が死ねばそれでいいなんて、きっと誰も思ってない」
当たり前だ。
一緒に戦って来た仲間の命を、そんな風に思える人がいるはずがない。
「私たちがやろうとしていること、みんなはわかってくれると思う」
それは弘華の願望だ。
わかってほしい。
弘華だって、未来を生きたい。
それを、わかってほしい。
「……そうね。連絡してみましょう」
「ありがとうございます!」
「とはいえ、あいつ今どこにいるのかしら?」
新倉の言う『あいつ』は洗川一尉のことだ。
二人は学生時代の同級生だったと聞いている。
──プルルルルル。
三度目のコール音。
「はい。……噂をすれば、ね。繋いでちょうだい」
新倉が小声で言った。
「あいつよ」
トンネルの向こうの白い巨人 鈴木 桜 @Sakurahogehoge
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