第65話「勝ち筋」
城戸の言っていることは、半分も理解できなかった。
「そもそも、『ゼロ時点』とは『大津留弘華』が通ってきたトンネルの構成要素の一つにすぎない。『2021年の鶯谷トンネルの出口』と、『2067年の鶯谷トンネルの出口』、そして『大津留弘華』この3点が繋がって『時を超えるトンネル』が構成されている。どれか一つで欠ければ、通り道は消える。つまり『ゼロ時点』が閉じる。『大津留弘華』が死ねば『ゼロ時点』が閉じる理由はこれだ。ところで、『時を超えるトンネル』は『ウォーブラニウム』の集合体がエネルギーとなって作用することで生み出されるわけだが。その『ウォーブラニウム』は、本来は『時点』と『時点』の間の亜空間に溜まっていて、我々が暮らす世界とは触れ合うはずがない。それがトンネルが繋がることで噴き出してしまう。つまり、トンネルが閉じれば噴き出さない。つまり、どういうことか。何かの拍子で生まれてしまった『ゼロ時点』を含む3つの点で構成されたこのトンネル。これさえなければ、『ウォーブラニウム』が我々の世界に干渉することはない。であるからして、『ゼロ時点』が閉じれば時間移動は起こらない。では、『ゼロ時点』を閉じる方法。構成要素を消してしまえばいい。『2021年の鶯谷トンネルの出口』は無理だ。ここからは干渉できない。では、『2067年の鶯谷トンネルの出口』これは、つまり『ゼロ時点』のことだ。そもそもこれが開きっぱなしになっているのは、すべての要素が絶妙な均衡でもって保たれているからであって。つまり、これを消すには『ウォーブラニウム』の均衡を崩せばいい。つまり……」
ものすごい早口だ。
研究内容について尋ねた途端にこれだ。
「あ、あの、城戸さん!」
弘華は、やっとの思いで城戸の話を遮った。
遮られた城戸は、不愉快だと言いたげな顔で弘華の方を見た。
研究者らしくない性格だと思ったが、彼は間違いなく『研究者』だ。
「結論を教えてもらってもいいですか?」
「せっかちだな。そういうところも高藪隊長に似たのか?」
「すみません」
城戸にじとっと見られて、冷や汗が流れる。
だが、負けてはいけない。
「『ゼロ時点』を閉じることができれば、その後は白い巨人が襲ってくることはなくなるんですか?」
「そうだ」
「私が死ぬ以外に、『ゼロ時点』を閉じる方法はありますか?」
「ある」
「それは、佐護俊哉も知っていますか?」
「知っている」
当たり前だ。
岐阜基地の研究成果を、佐護が知らないわけがない。
「だが一番肝心なことは、彼も知らない」
「肝心なこと?」
「重要アイテムの正体」
「重要アイテム?」
弘華は首を傾げた。
「たぶん、その正体を知っているのは君だけだ」
「私だけ?」
思い当たることがなく、再び首を傾げる。
「重量が15キログラム程度の、何かだ」
意味がわからず、三度首を傾げた。
「書くもの貸してくれ」
内堀がタブレット端末を手渡す。
城戸が慣れた手つきで図を書き込んでいくのを、全員で覗き込んだ。
点を一つ。そのとなりに『ゼロ時点』。
そこから、4つの線が放射状に書き足される。
線の先にはそれぞれ、『岐阜基地』『松本』『大津留弘華』『大垣』。
「これは?」
「『ウォーブラニウム』の観測結果を可視化すると、こうなる。ゼロ時点から噴き出した『ウォーブラニウム』が、この4点に向かって流れているんだ」
「『大津留弘華』は分かる。トンネルを構成する要素だから繋がっているのか?」
「まあ、そんなところだ」
「他の3点は?」
「『岐阜基地』には君が時間移動の時に着用していた制服。『松本』には君のスマーフォンが保管されている」
「制服とスマホ?」
「君と一緒に時間移動してきたものは、無機物も含めて全てがトンネルの構成要素になっている」
「なるほど」
「それじゃあ『大垣』は?」
「それがわからない」
「わからない?」
「2年前に君を回収した時には、持ち物も含めて全て回収したはずなんだ。だから『大垣』の何と繋がっているのか、それが全くわからない」
「それが重要アイテムか」
「そうだ。それぞれを繋いでいる『ウォーブラニウム』の量は、その物質の質量に比例している。『大垣』にあるものは『大津留弘華』と比べて3分の1程度の質量であることがわかっている」
「それが、15キログラム程度ということか」
「それを使えば、『ウォーブラニウム』の均衡を崩すことができるの?」
「さっきも言った通り、『ゼロ時点』からそれぞれの物質に向かって『ウォーブラニウム』が流れているから」
「『ゼロ時点』にこれを放り込めば、逆流が起こるのか」
「その通り。だが、十分な逆流を起こす必要がある」
「つまり、放り込む物質には十分な質量が必要?」
「制服やスマートフォンでは足りない。この『15キログラム程度の重さの何か』であれば、十分だ」
弘華が時間移動してきた時に身につけていた何かで、15キログラム程度の何か。
なんだろうか。
──あ。
「……自転車」
「え?」
「自転車だ!」
「自転車?」
「私、トンネルに入った時には自転車に乗っていたの。でも、出た時には乗っていなかった」
「トンネルの途中に置いてきたのか?」
「わからない」
「そういうことか!」
城戸が膝を打った。
「それが自転車なら全ての説明がつく。おそらく自転車は時間差で『ゼロ時点』から外へ出たんだ。あの場所には、すぐにウォーブラニウムの漏出を防ぐために覆いが建設された。その業者が、回収したんだ。整地のために不用品を排除した際、リサイクルできるものを大垣に持ち込んだ。自転車は地下での暮らしに不可欠だから、状態が良ければ高値で売れる」
早口だが、今度はわかった。
「私の自転車は、誰かが買い取って使ってるってこと?」
「その通り」
「その自転車を見つけて『ゼロ時点』に放り込めば、人間は白い巨人に襲われることはなくなる」
「そういうことだ」
城戸が頷いて息を吐いた。
一気に説明したので、疲れたのだろう。鎌形が水の入ったコップを差し出した。
「でも、本当に佐護は知らないんすかね? 自転車のこと」
神村が言った。
彼の言う通りだ。佐護は知っていて知らない振りをしている可能性もある。
だが。
「佐護は、こういう風に命令しませんでしたか? 『大津留弘華が死ぬ以外にゼロ時点を閉じる方法がないことを証明しろ』」
「彼の性格、よくわかってるんだな」
「そう言ったの?」
「ああ。一言一句、その通りだ」
「それじゃあ、本当に知らないんだと思う」
「そうだな。知っているなら、わざわざリソースを割いて研究させる意味がない。彼にとっては、本来は必要のない情報なんだ。知らないからこそ、その可能性を潰すために研究させたと考える方が自然だ」
弘華の言葉に、丸塚も同意した。
「他の時空では、誰も『自転車』まで辿り着けなかったんじゃないかな」
「まあ、それも含めて『振り』の可能性もあるが。そこは知らない方の可能性に賭けよう。俺たちが佐護を出し抜くことができるかもしれない、唯一の勝ち筋だ」
「うん」
「これで、やるべきことは決まったな」
丸塚の言葉に、一人を除いて全員が拳を握った。
「内堀?」
串田が、隣で難しい顔をして黙り込む内堀の顔を覗き込んだ。
「これ、『ウォーブラニウム』の観測結果を可視化すると、こうなるんですよね?」
内堀がタブレット端末に書き込まれた図を、恐る恐るという様子で指差した。
「そうだ」
「つまり、この観測結果を見れば大津留三尉の現在地は筒抜け、ってこと、です、よね……?」
しん、とその場が静まり返った。
「そういうことだ」
城戸が飄々と言った。あまり深刻には考えていないようだ。
「だが、リアルタイムで観測結果を反映させることはできない。4時間くらいのタイムラグがある。それに詳細な位置を示すことはできない」
その言葉に、全員が安堵の息を吐いた。
この条件であれば、そのつもりで動けば何とかクリアできる問題だ。
だが、ふと疑問が湧いてきた。
「私たちは昨日の朝には岐阜に向かってたんだから、その動きは分かっていたんだよね」
「いや。昨日から観測用ドローンの内、数台が原因不明のトラブルで飛行できなかったんだ。だから、君の動きを観測できていなかった」
「……そんな都合のいい話、ある?」
弘華たちにとって、都合が良すぎる。
「佐護俊哉の側に、彼にとっての『裏切り者』がいるということか?」
丸塚の呟きに真っ先に頭の中に浮かんだ可能性。
そんなはずはないと思う。
だが、そうであったら嬉しいと思う。
(太田黒さん)
それは、弘華の願いだ。
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