〈10〉正体

「シャル。直接会うのは、久しぶりだね」とムストウ。


シャルはムストウの方を見ながら、「まったく……お前は変わってないねー」と言って私に近づき、肩をたたいた。


その瞬間、首の後ろの違和感が、ふっと消えた。


「こーゆーことをしないと人を動かせないってのは……悲しくないか?」


私の肩をたたいた方のシャルの手には、小さな黒い魚のような物体・・・・・・・がはねていた。


「ジョブ君、奴はこれで、君を操ろうとしてたんだよ。もう少しで、セットアップが完了するとこだ」


シャルが黒い魚を宙に投げると、それは粉々になって消えた。


――ずっと首が痛かったのは、そういうことだったのか!


ムストウは、シャルをじっと見て、にやにやしている。


「残念。……あなたを少し甘く見ていました……シャル」


「――これで失礼するけど、最後にスチュアート君と話をしたい。交代してくれ」


と、シャルは言った。――スチュアート? スチュアートってあの……学食で出会った学生の……?


「……そこまで調査済みですか」とムストウ。


次の瞬間、ムストウの顔が一瞬で、スチュアートに切り替わった・・・・・・。背格好も変わっている。


――⁉


スチュアートがじっと、私を見ている。


「これが、ムストウが復活したからくり・・・・だよ」と、シャル。


「え? どういうことですか?」


「スチュアートの体内にインストールされた特殊なアプリが、ムストウの性格と外見、そして記憶まで完璧に再現してるんだよ。……つまり、こいつの中には、スチュアートとムストウの両方が同時に存在してる。二重人格……というより……〝二重人間〟って感じだな」


シャルは、じっとスチュアートを見ながら言った。


「二重人間…………⁉」


私はまだ、少し混乱している。


アプリによって疑似的に再現されたムストウって――!


「完璧なアプリによって、ムストウ先生は事実上の・・・・復活を遂げたんですよ」


スチュアートは穏やかな口調で、私に向かってそう言った。


外見も性格も記憶も、全て完璧に再現するとなると、それはもはや、事実上の『復活』と同じだと――そういいたいのだろう――確かにそうなのかもしれない。


「スチュアート君。……君はそのアプリを使用してるだけで、かなり重い罪に問われるよ」


シャルは、学生を叱るような調子で言った。


「今後、私たちが君を追い詰めることになる。今のうちに自首しておいたら?」


「遠慮しておきます。……あなた方には、ムストウ先生の計画を止められませんよ」


スチュアートは丁寧に断った。


「ジョブさん……お話できてよかったです。一緒に仕事ができたら、もっと……」


スチュアートは私の方を向いて、穏やかな表情を見せた。


「スチュアート……君は……」


シャルが私の肩にそっと手を当て「急ごう。タイムリミットがある」と言った。


シャルに連れられ、ムストウの部屋を出た――玄関から外へ。


そこには、星も見えない暗黒があった。


でも普通に地面があるかのように歩けた。このネット世界に入ってきたときと同じだ。


「あと少しで現実に戻れるけど、問題はここから――」


シャルが立ち止まり、こちらを振り向いた。


「現実世界に転送される場所が指定できなくてね。ランダムになっちゃったんだよ。あいつの嫌がらせだと思う。――でもなんとか一定の範囲・・・・・の中に限定させたから、転送先は海の中か、空の上か、どっちかだ。準備もしてあるよ――」


シャルはそう言って、どこから取り出したのか分からないが、ジャラジャラと荷物を広げ始めた。


「海のダイビング用の装備と、パラシュートね。海と空どっちになってもいいように、両方装備しとこう」


海のダイビング用の機材は、口にくわえて空気を吸う仕組みは普通だが、ネット上から空気を受信できるタイプで、空気のタンクが付いていない。パラシュートは、ごく普通のタイプ。


「ジョブ君は、こういうの未経験だと思うから、オギワラ君にくっついててね」


シャルがそういった瞬間、背後から手が伸びてきて、私にベルト類が装着され始めた。シャルの助手のオギワラ君だ。私の背面とオギワラ君の前面が接続され、スカイダイビングの初心者がインストラクターにつながれるときの、あの状態になった。


準備が完了すると、シャルが次のように言った。


「この二つの装備だけで、絶対安全とは言えないんだけどね……まあ、なんとかなるよ」


――不安を、あおらないでほしい!

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