〈12〉ピオ

その人は、ナタン青年の同僚で、名前はピオ。


この事件の前から、ナタン青年とロボットが入れ替わったことに気付いていて、本物のナタンを探すため、一人で独自の調査をしていたそうだ。調査のために、ロボットの位置を追跡する『タグ』を付けたのも彼だ。このタグによって、今回の捜査の一部始終をモニタリングしていたという。


ロボットが会社に潜入してきたことも分かっていたが、しばらく様子を見ていた。そして助けが必要と判断し、駆けつけてくれたわけだ。


彼は「ナタンを見つけるためなら」ということで、喜んで協力してくれることになった。


背が高くて細身の、スポーツが得意そうな感じの男性だ。


彼を車の中に招いて、詳しい話を聞くことになった。




「――なんかナタンの様子が変だなーってことは、すぐに気づきましたよ。あいつとは付き合い長いんで……でも、さすがにロボットと入れ替わってたなんて思いませんでした。……気付いたきっかけは、社内のシステムの中に、『情報漏洩防止システム』っていう変なアプリを見つけたことです」


ピオは身振りを交えながら、自分から話し始めた。


「それは、出所が不明で、だれが入れたのかも分かりません。その動作ログを調べていくと、このロボットを起動して、会社まで移動させた履歴を見つけたんです。ナタンの研究室を『クリーニング』したとかいう履歴もありました」


「……クリーニング?」と、私の質問。


「クリーニングの意味は、よく分かりません。――とにかく、色々調べた結果……もしかしたら、そのロボットがナタンと入れ替わってるんじゃないかと思い始めたんです。――ただ証拠がないし、ロボットかどうか確認する方法が分かりませんでした…………あと、もう一つ……この前、ある交通事故で、うちの社員が一人亡くなったんですが……その事故の直前に、アプリがその車を操作・・したログもあったんです……かなりヤバい感じですよね……」


ピオは、少し小声になってそう言った。――シャルが言っていた事故のことだ。


「……とにかくこのアプリが、情報を隠そうとしてる感じがしたんで……こいつを停止させれば、何か手掛かりがつかめるかも! って思ったんですよ――うまくいけば、ついでにロボットも停止するかも! ってわけです」


ピオの話し方に、少しの熱がこもった。


「でも……そのアプリ、内部に見たこともないコードが使われてて、簡単には停止できなかったです。……何日も徹夜で挑みました! で、どうにかアプリを停止できたんです! 成功したのが、ちょうど事件があったときで……まさか、あんなことになるとは……」


『あんなこと』とはつまり、ロボットが事故にあって壊れた、今回の事件のことだ。


ロボットが車の下敷きになってしまった原因は『不注意』ではなく、ピオの尽力によって、ロボットの機能が停止したことだったというわけだ。


「ナタン君がどうなったのか、何か、手掛かりは見つかったんですか?」と、さらに私の質問。


「いやー……それ以降は、全然ダメでした。ロボットはすぐに回収されちゃったし、製造元も分からない。『クリーニング』ってのも、よく分からないままです。……みなさんの調査の方は、どうなんですか? どこまで分かったんです?」


ピオは、教授や私の方を何度か見ながら、期待のこもった表情でそう言った。


――ここでシャルからの通信。


「お疲れジョブ君。見つかったよ。あの部屋にナタン君の死体があったことが確認できた。死体を含めて、現場の状況が一切、アプリによってきれいに改ざん・・・されてる。これが今のピオ君の話で言う『クリーニング』だね。――これを元に戻して調べれば、だいたいのことが分かると思う。――あとは〈弾丸バレット〉の完成を待つだけだね」


シャルは、いつもと同じ明るい調子で説明した。


つまり例のアプリは、ナタンの死体を隠ぺいするために使用されたということだ。


――残る問題は、ナタン青年はなぜ亡くなったのか? そして、だれがこのアプリを使ったのか? だ。


「あ、ちょい待ち」とシャル。


「今、例のアプリが急に……起動した」


「えっ」


「おっと……まずいなこれ……もう始めやがった」


「……? まずい・・・というと……?」


「今回の事件の情報が、外部に漏れないように、アプリがいろいろと操作・・を始めてる。――つまり、アプリのターゲットは君たちだ――今回の事件の情報を知ってる人間を消そうとしてる」


「え、えっ? 消すって――」


「このアプリは、君たちの周囲に作用して、自然に、事故に見せかけて殺すつもりだ。私らの捜査記録とかも、消しにかかってる。こっちへの攻撃は阻止できそうだから、捜査記録は守れると思うけど。――そっちへの攻撃は止められない感じだ……」


シャルは落ち着いて説明を続ける。


ピオには通話が聞こえていないが、何かを察して、緊張した表情をしている。


教授は、すばやく車を降りてトランクを開け、何かを準備し始めた。


「これから私とキャンで協力して、このアプリを完全に機能停止にする。でも十五分ぐらいはかかると思うから、それまで持ちこたえてね。そんじゃ、よろしく!」

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