第18話 消えた資金
「このところベルルカンが妙に静かじゃないですか?雨季特有のクーデターも無い。これまで毎日起きていたテロがぴたりと止んだ」
安城は嵯峨を見つめた。物悲しげな殺気を感じないその表情。だが彼女はその表情を見るとどうしても目の前の男に近づきがたい雰囲気を感じる自分がいることを知っていた。
「近藤事件以降、テロ組織が方針を転換したとでも?」
ようやく気がついたかのように安城はそう言った。
「そのあたりを頭に入れてそのデータを見ると納得が行く。非公然組織への資金供与や政界工作の為に流れていた資金だけど、俺が見ただけでもそれらに割いた数倍の金額が消えてなくなっている。まあテロ組織も資金の見通しが急にたたなくなって戸惑ってるんじゃないですかね……まあ近藤の石頭に私的流用なんて器用なことできるわけが無いからその金がどこに行ったか……」
「つまり、正体不明の資金がどこかに流れ込んでいるって言う訳?確かに甲武の公安憲兵隊が見つけた近藤中佐の公然組織名義でプールされていた資金があまりに少ないのには私も唖然としたけど」
嵯峨はタバコを灰皿に押し付けてもみ消すと、次はボールペンで頭を掻き始める。
「その……ねえ。ディスクを見てもらえればわかるけど、あくまで現時点の話ですから。金は天下の回り物。つかめる範囲での新しい情報が入ったらその都度うちの若いのに連絡させてもらいますよ」
そう言うと嵯峨は立ち上がった。
「それでさあ……秀美さん。美味い蕎麦屋があってね、これから暇なら昼飯くらい……」
嵯峨の今にも揉み手でもしかねない態度の変化。安城はいつもそんな豹変する嵯峨に振り回されてきた。
「残念だけど、これから会議なのよ。『彼女』の件で」
そう言うと安城は悪戯っぽい笑みを浮かべる。嵯峨の笑みが『彼女』と言う言葉を聞くと一瞬だけ残念そうな表情に変わるのをランは見逃さなかった。
「茜の法術特捜主席捜査官就任は……まああいつももう大人ですよ。それより秀美さん、ここまで足を伸ばしてもらうなんてことはそうないんだからさあ……そこ本当に美味いんだって」
食い下がる嵯峨だが、安城は手にしたバッグを一度開いて中身を確認すると背筋を伸ばして嵯峨を見つめる。
「また今度にしましょう。彼女ったら結構まめなのよね。父親とは大違い」
安城はそう言うと親しげな笑みを浮かべて部屋を出て行く。
「笑うなよ中佐殿……」
振られた嵯峨を見て笑うランに情けない顔を晒す嵯峨だった。
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