第4話



ただの会社員である私はパソコンをいじって電話して会議して営業して……本当に嫌である。本当に仕事嫌い。

生活のためにやってるけど毎日行きたくないしやりたくなくて堪らない。

それなりにやって仕事を終えると私は疲れ果てていたけどそのまま会員制のジムに行った。



これも私のとっても嫌な事だ。

週二回以上、私は必ずジムに行って筋トレして泳いでいる。

はるか昔私は水泳の選手でその名残で健康と体型維持のためにひたすら泳いでいるがこれが本当に疲れる。

私は身長百七十センチ越えの肩幅の広い筋肉質野郎だが年を重ねると太りやすいし酒は太るから疲れても絶対やるのは使命だと思いながら疲れた体をまた疲れさせるように兎に角泳いで帰って適当に飯を食って仕事をするサイクルを何年もやっているのだ。だから太って服が着れない事件は起こらないけど酒飲む以上こういう努力は必須である。

ただ酒飲んでると太るからね、服が着れなくなると楽しくないし。



そうやって疲れる日々を送ってお楽しみの週末がやってきた。

今日は待ちに待った奈々ちゃんとエスニックのお店に行く日だ。楽しみすぎて私は何本も泳いで昼寝してから夜になったらお店近くの駅に急いだ。

もう私は朝からずっと泳いでる時も浮かれていた。

エスニックめっちゃ食べたかったし何より奈々ちゃんに会えるじゃん!予定を立ててから私がたまに無駄に連絡してみても奈々ちゃんは相手をしてくれる優しい子だった。


今日は奈々ちゃんとエスニック行ったらどっか二件目誘おうかな~?奈々ちゃん水みたいに飲むから飲み足りないよね?私が飲みたいし。あぁ、楽しみ。早く酒飲みたい。

駅に着いて先に着いていた奈々ちゃんを探す。

奈々ちゃんは今日も美人だった。


「奈々ちゃーん。もうすっごい会いたかった。今日も可愛いね」


「あ、朝海ちゃん。ありがとう。朝海ちゃんも可愛いよ」


奈々ちゃんに誉められてとても和むが奈々ちゃんの美人さの前だと私は風景である。今日は一日喜んで引き立てます。


「いや、私は肩幅広いから可愛いとかそう言うあれじゃないから。てか、早く行こう?もう待ちきれなくて手震えてたんだよ。早く酒飲みたーい」


「うん。私も飲みたい。朝海ちゃん場所分かる?」


「分かる分かる。こっち」


場所は調べといたから大丈夫なので奈々ちゃんを案内してあげた。歩き出してすぐにもう楽しみでわくわくの私に奈々ちゃんは訝しげる。


「朝海ちゃん肩幅広くなくない?」


「え?どこが?すごい幅取ってない私?私昔から水泳やってるから肩ヤバいんだよね」


水泳をやっている私は普通の女より肩幅は確実に広くて可愛い服を着たいのに肩が突っ掛かったりして着れない事もある。もう現実を受け止めているけどこれは一番気にしている。治らないけど。


「でも、そんな感じしないよ?そんなに長くやってるの?」


「うん。昔水泳の選手だったんだけど今はダイエットのために必死に泳いでる。今日もいっぱい泳いできたよ」


「そうなんだ。すごいね?私も今日は飲むからジム行ってきたよ。頑張って筋トレして走ってきたんだ」


「え、偉いじゃん。奈々ちゃん本当偉いね?素敵。そんなんしなくても痩せてるし美人だし可愛いのに、今日もなんかうまい酒入れてあげるね?」


奈々ちゃんは粗大ゴミを引いてたけど努力してる辺りが素敵。てか、こんな美人でここまでしてるって乙女の鏡で見習う。奈々ちゃんは笑いながら遠慮していた。


「そんなの入れなくてもいいよ。私、朝海ちゃんと飲むのを楽しみにしてただけだし」


「いや、もうやめて奈々ちゃん。そういう事言われると貢ぎたくなっちゃうから。それよりここだよ奈々ちゃん」


やっと着いたエスニックの人気なお店はレンガ造りで洒落た店だった。私一人では恐れ多くて入りにくい洒落た店に奈々ちゃんと一緒に入るとこれまた洒落た席に通されて適当に頼んでから乾杯した。しかし奈々ちゃんは私の対面ではなく隣に座ってきた。どういう意味なのかよく分からないけどナチュラルに座ってきたので普通に受け入れてしまった。奈々ちゃん美人だし、美人の隣に座れるなんて近くで見れるから目の保養だよ。


「いやー、うまいわワイン。ここサングリアも美味しいからあとで飲もうぜ?」


「うん。本当にワイン美味しいね?連れてきてくれてありがとう朝海ちゃん」


「全然だよ。奈々ちゃんと飲めてすごい嬉しいもん。それより奈々ちゃんもう元気出た?大丈夫?泣いてない?」


私は一緒に頼んだお勧めのワインを飲みながら聞いた。文面でも今も元気そうだけどあんな泣いてたから私は密かに心配をしていた。奈々ちゃんはワインを飲んで笑って頷いた。


「うん。もう吹っ切れたから大丈夫だよ。朝海ちゃんのおかげで考えも改まったし、もう粗大ゴミなんか引かないから大丈夫」


「そっかー。よかった~。なんか困った事とかあれば協力するからなんでも言ってね?」


「うん。ありがとう朝海ちゃん」


奈々ちゃん偉い。本当にひと安心したところで料理が来たので酒を飲みながら食べた。私がお勧めしたエビ揚げパンはとても喜んでくれたしサングリアも美味しいと言ってくれて良かった。そうしていっぱい食べて飲んで楽しくなってきたところで奈々ちゃんは元カノにキレてて面白かった。


「それでね!別れる時もね、元カノはもっと自分を気にかけてくれたし、私よりも尽くしてくれて大切にしてくれてたとか言ってきたんだよ?!私やってあげたいタイプだからプレゼントとか買ってあげてたしほとんど言った事もやってあげてたのに本当にムカつく!殺したい!」


「もうそんな怒んないの。いつか死ぬから大丈夫だよ安心して。ていうかさ、そんななんかやってほしいなら母ちゃんにでも頼めよな。私はおめぇの母ちゃんじゃねぇんだよって話だよな」


「本当にそれ!私お母さんみたいに思われてたのかな?!まじ腹立つ!本当ムカつく!思い出すとムカムカする!」


「もう、奈々ちゃん落ち着いて?血圧上がるから怒らないの。血管切れるよ?」


こないだとは打って変わってプンプンしている奈々ちゃんは怒ってても可愛かった。悲しみが怒りに変わってくれて良かったけどむすっとしてる顔可愛すぎて見てて和む。私も奈々ちゃんみたいになりたかった。無駄な思いを抱きながら肩を軽く叩くと奈々ちゃんは私に凭れてきた。


「全然落ち着けないよ朝海ちゃん…!思い出すと本当にムカつく…。朝海ちゃんが言った通り粗大ゴミだったし……。付き合ってた私もバカだったけど…」


「だから勉強だったからいいんだよ。そんな気にしないの。奈々ちゃんいい子だから次は絶対いい人引くから大丈夫」


私は突然しゅんとしてしまった奈々ちゃんの肩を軽く抱いて元気付けた。奈々ちゃんはたぶん話を聞く限り付き合ってた時は相手にあわせて頑張ってたと思うからきっと普通の人を引けば上手くいくはず。奈々ちゃんは私に顔を向けた。


「朝海ちゃん私すごいダメなのにいつも優しいね」


「え?だって粗大ゴミ引いちゃった時の気持ちは本当よく分かるし、そんなダメって思わないよ私。奈々ちゃん頑張ってて偉いからなんか応援したくなっちゃうし。だから私にできる事があれば何でも言ってね?マンション買う以外なら大体やってあげるから」


こういう人生頑張っている人への協力は惜しまないしやってあげたいので笑って言うと奈々ちゃんはなんとも言えない顔をしてなんか腕に強く抱き付いてきた。これはすごいお願いされるのかと思いきや奈々ちゃんは鼻を啜っていた。


「……朝海ちゃん、ありがとう……」


「え?ねぇ、また泣いてんの奈々ちゃん?なんで泣くの?もう泣かないの本当に」


「うん……ごめんね……」


奈々ちゃんはセクブラで見かけてた時泣いている印象がなかったんだけどかなり飲んだから泣きやすいようだ。でも、こないだの今日だからね。泣きやすいと言えば泣きやすいのかもしれない。

私は泣いてしまった奈々ちゃんを慰めてとりあえずこの前のように酒を勧めた。

もう泣いちゃう時はとりあえず酒飲んで忘れた方がよろしい。この論理は身を持って理解していたから自信があったのに奈々ちゃんは違った。



「わだじ……わだじ……あざみちゃんと出会えて良かった……」


「うん。私もだよ奈々ちゃん」


「今日もいっぱい……うっ……はなぜて……よかった……」


「うん。私も。ていうかそれさっきも聞いたよ奈々ちゃん」


「うん。でも…………言いたいから…………」


「うん。分かった、何回でも聞いてあげる。……それよりさ、奈々ちゃんもう泣き止みな?ずっと泣いてるじゃん。目が腫れちゃうよ?」


あれから場所は変わってまたセクブラに来ている。今日はちょっと混んでるから隅の方でとりあえず奈々ちゃんを慰めているが奈々ちゃんはあれから酒を飲むくせに泣き止まなかった。正確には泣き止んだ時もあったんだけどグズっていて涙が止まってもあまり変わらなかった。

もう奈々ちゃんもかなり酔ってきているみたいでさっきから同じ事を言っているし飲みたいと言うから来たけど大丈夫かな?奈々ちゃんの肩を抱きながら慰めていたら後ろから急に抱き付かれた。


「アッチャーン!アイタカッタヨー!」


「え?ジュナちゃん?わー、今日来てたの?私も会いたかったー!」


片言の日本語を話ながら抱き付いてきたのはジュナちゃんだった。年齢不詳のジュナちゃんはかっちゃんと言うハゲジジイの社長の彼女だ。顔の彫りが深くて金髪美人でスタイル抜群のフィリピンパブの子だってかっちゃんが言ってたけど二人ともここで知り合って何だかんだ長い。

ここで会うとよく一緒に飲む仲だけどジュナちゃんはかっちゃんをおいてこっちに来たみたいだ。ジュナちゃんは今日も可愛くて良い匂いだった。


「アッチャンカワイイ!ダイスキ!」


「やー、嬉しい~ありがとジュナちゃん」


ジュナちゃんはそう言ってほっぺにめっちゃキスしてきた。ジュナちゃんはでかい私をいつも可愛い可愛い言ってキスして酒をついで潰してくるけどとんでもない酒豪。フィリピンパブで働いてるだけあるが私が酒を飲むと喜ぶからいつも飲まされてしまう。たぶんいつか殺されると思うけど好きだから許す予定。こんな美人に殺されるなら本望じゃん。


「ジュナちゃんすっごい久しぶりだね?最近来てたの?」


「ダンナガシゴトイソガシカッタカラ、キテナカッタ」


「あ、そうだったんだ。じゃあ、今日久々に一緒に歌おうよ?ジュナちゃん好きなやつ」


「ウタウ!ウタウ!…アッチャン?トモダチナイテル?」


ジュナちゃんはまたキスしてきたと思ったら奈々ちゃんを心配そうに見つめた。そうだ、奈々ちゃんが泣いていたんだった。私が奈々ちゃんに目を移すと奈々ちゃんは号泣していた。私はそれにぎょっとしてすぐに慰めた。


「なに?!どうしたの奈々ちゃん!泣かないで本当に」


「うっ……うっ、だっで…わだじ……」


奈々ちゃんはもうぼろぼろ涙を溢していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る