16、七つの大罪の名を冠する者
義手の男は申し訳なさそうに腰を低くするも、異世界探偵の機嫌は悪いままだ。
それもそうだ。
いきなり首を絞められ、挙げ句の果てに床に頭を打ち付けられたのだ。これで笑みをこぼして振る舞う方がおかしいだろう。
異世界探偵は男に部屋へ案内され、互いに向き合ってソファーに腰かけていた。
「で、どうして俺の首をいきなり絞めた?」
「実はですね、我々の会社で製造していた
「危険物とは?それになぜ犯人が無名作家などという名の人物だと分かったのですか?」
「まずは前者の質問から答えさせていただきます。と言っても、関係者以外にはこの情報は漏らしてはいけないのですが。探偵さん、これから言うことは誰にも言わないということを約束してください」
「ああ。分かった」
男はホッとし、浮かせていた腰をソファーにつけた。
「では話させていただきます。その危険物とは、まあ爆弾です」
「爆弾!?なぜそんなものを製造していたのですか?」
「貴族様からの命令です。目的は分かりませんが、私の知る限りではそこまでの情報しか分かりませんでした」
(貴族が爆弾?)
それは明らかにおかしなことだ。
そもそも爆弾も使い道自体が限られている。
用途といえば今にも壊れそうなビルなどを破壊する際に用いられる撤去法やこの世界での花火の原料にも少量使われてはいる。
その違和感は明らかなるものであり、神崎冬花が世界を変えようとしているのも納得はいく。
少しずつ貴族の闇に近づいてきた彼は、素朴な疑問を抱いた。
「そもそも、入り口にはロボットなど一台もいませんでしたよ」
「な!?本当に言っているのか?」
男はソファーから飛び上がる。テーブルを強く叩いた手には冷や汗が見え、明らかに動揺していた。
義手の手であるはずの右腕は震え、恐怖を物語っていた。
何がそんなに恐ろしいのか、異世界探偵には分からない。
「まずいな……。もしかしたら、本命は爆弾ではなくロボットの方か」
頭を抱え、義手の手を額に当てて考え込む。
その様子を、ただ無言で二人は見ていた。
「なあ探偵、一台もなかったのか?壊されて転がったりもしていなかったのか?」
「何もなかった」
「なるほど。なら目的はまさか……いや、十分あり得る。速く社長に知らせなければ」
「なあ。何をそんなに焦っているんだ?」
「それを答えるためには、後者の質問について答えよう」
後者の質問ーーつまりはなぜ犯人が無名作家という人物と分かったのか。
「それはいたってシンプルだ。予告状が来た」
男は胸ポケットから謎の厚紙を取り出した。
そこには文字が書かれており、差し出された異世界探偵とかんなはその文を読む。
『明日の午後三時半、君たちが所有する爆弾をいただく。
無名作家より』
「なるほど。それで、奪ったのは無名作家だと確信したわけですか」
「はい。話を戻しますが、なぜ焦っているか。これはあまり公には明かされていないのですが、この世界には七つの大罪の名を冠する罪人がいます。その一人が、無名作家です」
「七つの大罪の名を冠する罪人?どんな存在なんだ?」
「彼らは貴族へ牙を向いた最悪の罪人、
強欲の名を与えられし者、ネーミング仮称
暴食の名を与えられし者、吸血鬼
色欲の名を与えられし者、バニーガール
憤怒の名を与えられし者、神崎冬花
怠惰の名を与えられし者、無名作家」
七つの大罪の名を冠するの中には、異世界探偵の師匠である神崎冬花の名もあった。
「嫉妬と傲慢はいないのか?」
「現在、その二席は空席。だがしかし、その座を我が物としようと罪人の動きが活発化しているのは間違いない。実際、傲慢が姿を消した翌年、貴族は傲慢は死んだと情報を流した。だがその選択を選んだことにより、犯罪件数は異常なまでに増えてしまった。それがいわゆる
"
傲慢を弔うために行われた罪人どもの暴走だ」
「そんなことが起きていたとは……」
「"福音の日"、その日のことについてはよく覚えている。その事件では鉄道が脱線事故を起こしたり、貴族の館が襲撃されたりと、何かと最悪な一日だった。そしてこれはあくまでも予想ではあるが、怠惰は何かを起こそうとしている。それは間違いない」
何か危機感を抱かせる事柄でも知っているように、男は明らかな動揺を見せていた。
男は考え込む。
異世界転移者である彼は知らない。
そんなことなど分からない男は、どうして彼がその大きな事件を知らないのかを疑問に思い、そして疑っていた。
傲慢とはーー
「すまない。俺はすぐに社長へ報告しなくてはいけない。また用があるなら名刺を渡しておく。それで俺について調べてくれ。探偵だろ」
そう言い、男は去っていく。
残された名刺には名前が記載されており、
異世界探偵は無名作家が出したであろう予告状を持ち、部屋の中にある洗面所へと持っていった。
手を蛇口へとかざすと、水が流れ始める。洗面器に溜まった水を眺め、数秒予告状を見た。
「何をするの?」
「見てれば分かる」
そう言うと、異世界探偵は予告状を水に浸した。その行動にかんなは慌てる。
異世界探偵は水の中から予告状を取り出し、慌てるかんなへと見せた。すると慌てていたかんなは落ち着き、目を見開いた。
そこに書かれていたはずの言葉は変わっており、『警備ロボットをいただいていく』と書かれていた。
「何……これ?」
「この厚紙は二枚重ねだったというだけの話だ。恐らく水で溶ける接着剤で付けられていたのだろう」
「でもどうして気づいたの?」
「あの男は手に汗をかいている状態であの予告状を触った。その時に少しめくれたんだ。そこでもう一枚ついていることが分かった」
濡れた予告状を机へ置き、異世界探偵は窓の外を眺めて考えた。
「無名作家?どこかで会ったような……」
異世界探偵は数日前の記憶を遡っていた。
「いや、会っていた。俺は確実に会っていた。怠惰の名を冠する罪人、無名作家に」
彼は思い出した。
あの日、未来特区へ来た日、無名作家に会っていたことに。
「かんな、俺たちはこの会社内で死んだ男と関わりの深い人物を探すぞ」
「うん、分かった」
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