二人の関係はゲームが全てではないかもしれない



 えっと……?

 『良かった、君に嫌われたのかと思ったよ』……?


 何となく違和感を覚える言葉。

 それじゃあまるで、王太子殿下はローナに嫌われたくないと言っているような……?


 ……いやまあ、好きでも嫌いでもない相手だったとしても、嫌われてるとなるとちょっと傷つくもんね。

 それが将来結婚するかもしれなかった人なら尚更で。


 ……それだけの、話よね?



「王太子殿下を嫌うなど、クロイツの民としてそのようなことはあり得ません」

「……クロイツの民としてなの?それにさっきも言ってたけど、"王太子殿下"って……どうして僕のこと、いつもみたいに『アルブレヒト』って呼んでくれないの?」

「えっ……と……」



 いやだって貴方、私との婚約を破棄するお話をしに来たのよね?それはゲームの知識云々でなくとも、盲目がわかった時点でみんなが予想できる事柄だったわけで……。


 つまり私たちは婚約者の間柄ではなく、将来の君主とその家臣という関係に戻るということ。


 だから、私は王太子殿下とお呼びしてるのであって……。



「僕が会いに来た理由を、聡明な君は察しているというわけだ」



 まあ……そりゃあ、ねえ。


 両親は殿下の手紙が届いた際に腫れ物にでも触れるかのようにやんわりと接してきたし、今日の昼食は私の好きな物で揃えられていた。


 誰もが婚約破棄を察して私を気遣う中で、「何にもわかりません」なんていうのはあり得ない。


 だからそんな風に言われる筋合いは無いというか……。



 そもそもなんで、王太子殿下はそんなに不服そうなの……?



 様子のおかしい王太子殿下にとりあえず何か言わなければと頭を回して、私は繰り返したシュミレーションの言葉を実行することにした。



「此度は私の落ち度により、折角王太子殿下とのご縁を結んでいただきました国王陛下ならびに関係者の方々を裏切るような真似をしたこと、深くお詫び申し上げます」



 ピクッと重なっている王太子殿下の手が震えた。

 けれど言葉を止めるつもりはなく、私は続けて口を開く。



「これからは貴方様に仕える一家臣として、今までにいただいた美しい思い出を胸に抱き、国家に忠誠を誓いたいと思います」

「…………」



 反応がない。

 失礼にならないように言葉を選んだつもりだったが、失敗だろうか?


 慌てて次のプランである「お菓子を食べて和気藹々しつつ帰宅を促す」に移行しこうと手を解こうとしたのだがーー。



 逆に、離そうとした手を逃がさんとばかりに掴まれた。


 アンに指示を出そうとしていたのを止められたのだが、この人でもこんなにも荒々しい動作ができるのかと享受して呑気に感心する。



 しばらくその状態が続き、王太子殿下はたっぷりと時間を置いてからようやく口を開いて話を始めた。



「……手短に話すけど、僕の父や母、それと貴族院は、リーヴェとの婚約を白紙に戻すと言ってきた」



 拗ねたような声色で、さっさと終わらたいと言わんばかりの早口。


 アルブレヒト・メクレンブルガーのキャラクターらしくない余裕の無さに、私は首を傾げる。


 もしゲームでもこんな風に破棄を伝えたのだとしたら、ローナが荒れるのも無理はないのでは?と思うほどに乱雑なのだ。



「ーーでも!」

「っはい!」



 突然、手がぎゅっと握り締められたので反射的に簡単な返事をしてしまった。


 でもそれは王太子殿下のお気に召したようで、今までのとはまったく真逆のーーあるいはゲームでよく聞いたーー体が蕩けそうな甘い声で、私の名を呼んだ。


 雲行きの怪しい王太子殿下に、米神から冷や汗が伝う。

 嫌な予感がする。




「僕は絶対に、反対だから」




「…………エッ……?」



 ハンタイ……?

 ハンタイって何だ……戦隊の親戚か何か?


 ハンタイ、はんたい……反対。



 ーー反対!!?!?



「何をおっしゃっているのですか!」



 王太子殿下相手だということを忘れ、私は思わず声を荒げて叫んだ。


 反対って!?婚約破棄について反対って、なに!?


 破棄を反対するというなら、つまりはその、婚約はそのままの状態になるということになるわけで。



 ……なんで!?



「父と母が頷いたら貴族院は自ずと頷かなければならなくなるから、絶対に二人を説得してみせる。だからローナ、君は僕の婚約者のままだ」



 待って待って待って待って!!

 私を置いて、どんどん話を進めないでいただけますかね!?



 私は王太子殿下との婚約を破棄したかったから、だからゲームのローナの通りに粛々とそれを受け入れたわけで。


 その通りになれば、ゲームのシナリオ通りに彼は勝手に私を恐れて破棄してくれた筈で。



 何?私は何を間違えたの?


 天使のような少女が悪魔を背負っていたという点が違うというなら、元一般人だった前世を思い出したところで悪魔は流石に背負えないけど、でも確実に天使ではなくなったはず。


 天使ってほど純粋無垢だった美少女に、それなりに汚れた大人の記憶が足されたのだ。天使はない。ありえない。


 なんだったら、自分で羽をもぎ取ったくらいに思ってたのだけれど……。



「ローナ。今までは殆ど会う機会がなかったけど、これからはもっと君と時間を共にすると約束する」

「アノ……ソノ……デンカ……」

「アルブレヒト、でしょ?」



 ひえっ。

 この人本当に十歳か?

 十歳とは思えない色気が、私の視界を埋め尽くす白い光の中から伝わってくる。



 見えないはずなのに、王太子殿下の顔が私にどんどん近づいてきてるのがわかる。


 どうしよう。抵抗するのに殿下の体を押したいのに、どこにあるかわからない。


 顔を押し返してしまえばいいのかもしれないが、周りにいるだろう従者たちの反応が怖い。



「ローナ……」



 ーーもう駄目だ、私が確かにそう確信したその時。




「お戯れにしては度が過ぎているのではないでしょうか。アルブレヒト王太子殿下」



 いるはずのない人の声が、静かな自室に響き渡った。

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