エピローグ 悪夢は終わらぬ

――玲乃が意識を取り戻した時、最初に視界に入ったのは見覚えのある自分の家の天井であった。意識が覚醒した瞬間に玲乃は身体を起き上げ、窓の外を確認する。夜明けを迎えたばかりらしく、彼はすぐに自分の身体の確認を行う。



「夢……だったのか?」



身体の方を確認し、特に異変がない事を確認して玲乃は安堵のため息を吐き出す。自分の服装を確認しても愛用するパジャマである事を知り、安心した。夢の中では玲乃は蜘蛛みたいな姿をした女と戦い、全身に火傷を負ってしまった。だが、仮に本当に火傷を負っていたのならば身体が治っているはずがない。


スマートフォンで日付を確認しても1日しか経過しておらず、どんな治療を施そうと人間の身体がこんなにも早く治るはずがない。だからこそ学校内での出来事は全て夢だと思い込む事にした玲乃は起き上がり、幼馴染が来る前に朝食の準備を行おうとした。



「陽奈はまだ起きてないよな。あいつの好物でも作ってやるか……」



基本的に陽奈は玲乃の家でご飯を食べるため、彼女のために好物を用意してやろうとした時、ここで玲乃は机の上に置いてある「電子手帳」に気付く。それを見て玲乃は身体を硬直させる。



「……これ、こんなに綺麗だったっけ?」



電子手帳を手にした玲乃は冷や汗を流し、彼の手にした電子手帳は異様なまでに綺麗に磨かれてまるで新品同然の状態だった。学生は普段から電子手帳の常備を義務付けられているのだが、割と手荒に扱う事が多い。玲乃も自分が所持していた電子手帳を何度か誤って落とした事もあり、電子手帳の表面に傷が付いていた事を思い出す。


しかし、机の上に置かれた電子手帳はまるで新しく取り換えられたかのように新品の状態であり、しかもデザインが多少違っていた。以前の時は玲乃の電子手帳には刻まれていなかった「白鐘」が裏面に2つも並んで刻まれている事に気付き、玲乃は嫌な予感を覚えた。



「陽奈!!」



玲乃はパジャマのままで外へと飛び出し、隣に暮らしているはずの陽奈の元へと向かう。玄関を飛び出して裸足のままで玲乃は隣の部屋の扉に辿り着くと、必死に扉を叩く。



「陽奈!!おい、陽奈!!おじさん、おばさん!!起きてるなら開けて、ここを開けてくれ!!」



必死になって玲乃は扉を叩き、陽奈の安否を気遣う。だが、いくら叩いても返事はなく、じれったく思った玲乃は自分の部屋のベランダから彼女の部屋へと乗り込もうかと考えた時、ここで陽奈が暮らす部屋の隣の住民が顔を出す。



「あ、あの……白井君?どうしたの、こんな時間帯に……他の人に迷惑よ?」

「す、すいません……あの、陽奈に会いたくて……」

「えっ……陽奈ちゃん?もしかして玲乃君、聞いていないの?」

「……どういう、意味ですか?」



隣の住民の老婆は驚いた表情を浮かべ、そんな彼女の反応に玲乃は呆然とした表情を浮かべると、彼女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべて答えた。



「陽菜ちゃんの家族は昨日、急に引っ越したわよ……なんでも、陽奈ちゃんが事故にあって死んじゃったから、ここにはいられないとか言ってたけど……」

「はっ……陽奈が、死んだ……?」

「まさか、本当に知らなかったの?ごめんなさい、てっきりもう白井君には伝わっていると思って……」



玲乃は老婆の言葉に膝を崩し、その際に無意識に手にしていた電子手帳が床に落ちてしまう。老婆は玲乃の姿を見て何と声をかけて良いのか分からず、最後に一言だけ「ごめんなさい」と告げると扉を閉めてしまう。


大切な幼馴染の死を聞かされ、更には陽奈の両親が引っ越したという話が玲乃には信じられなかった。だが、表札の方を見てみるとそこには何も存在せず、空欄となっていた。その事実に玲乃は身体を震わせ、扉に向けて拳を叩きつける。



「嘘だ、嘘だ……嘘だっ、嘘だぁっ!!」



何度も扉に拳を叩きつけ、遂には床に落ちた電子手帳に視線を向けると、玲乃は全体重を乗せて踏みつける。だが、まるで玲乃がそんな行動を取る事を予想していたかのように電子手帳は傷一つ負う事はなく、そんな電子手帳を見て玲乃は声にもならない悲鳴を上げてマンションの外へ投げ飛ばす。


地上へ落ちていく電子手帳の姿を見て玲乃は膝を崩し、騒ぎを聞きつけた他の部屋の住民が何事かと姿を現す。そして陽奈の部屋の前で泣き崩れている玲乃を見て住民は心配し、救急車に連絡を送ろうとする者もいた。だが、もう玲乃にとっては全ての出来事がどうでもよく、大切な幼馴染がもういないという事実に彼は心が折れてしまいそうだった――








――しかし、彼の悪夢はまだ終わってなどいない。むしろ、ここからが始まりだった。大切な幼馴染を失っても玲乃は白鐘学園の「遊戯」から逃れる事は出来ず、今夜も彼は人外の化物と戦う事になるだろう。

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隔離学園  隔離された学園で生死を掛けた遊戯の始まり カタナヅキ @katanazuki

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