第18話 終わらぬ遊戯

――意識を失っていた陽奈は、金井美香の顔をした蜘蛛女の断末魔の悲鳴を耳にして目を覚ます。彼女は目を開くと、そこには蜘蛛女の傍に倒れ込む玲乃の姿が映し出され、陽奈は咄嗟に玲乃に声をかける。



「玲乃!?」

「うっ……」



玲乃は蜘蛛女の口元に差し込んでいたモップと陽奈の拳銃を手放すと、床に倒れ込む。それを見た陽奈は身体の痺れと痛みを無視して彼の元に賭け寄り、涙目で玲乃の身体を揺さぶる。



「玲乃、起きて……玲乃!!」

「あ、がっ……」

「ねえ、お願い……起きて!!」



高圧電流を自ら浴びた玲乃の身体は火傷が酷く、このままでは危険な状態だった。陽奈は彼の身体を抱きしめ、目を覚ます事を祈るが玲乃から反応はない。まだ生きているのは確かだが、このまま放置すれば危ない事は素人目でも分かった。


陽奈は玲乃の身体を抱き上げ、蜘蛛女の方へと視線を向ける。蜘蛛女の方は顔面に煙が上がった状態で動かず、どう見ても生きているとは思えなかった。ここで陽奈は玲乃の話を思い出し、玲乃が金井美香と犬男から逃れたすぐ後に遊戯が終了したと彼女は聞いていた。



『多分、昨日の遊戯の時は俺がいなくなった後、金井美香が化物と一緒に死んだと思う。拳銃を喰らった時に化物の方も死にかけていたし、金井美香の方は俺に気を取られて死にかけた犬男に捕まって殺されたのかもしれない。そうでなければ遊戯が終了した時に生き残ったのが俺一人という報告なんて届かなかったはずだし……それに制限時間もまだ残ってたはず、なのに遊戯が終了したという事は化物が死んだから遊戯を続ける必要が無くなって遊戯を終わらせた……のかもしれない』



玲乃の予想が正しければこの「遊戯」は敵対する化物が死ねば遊戯は終了するはずだが、何時まで時間が経過しても遊戯が終了した事を示すアナウンスは流れず、陽奈は疑問を抱く。



「どうして、どうして終わらないの……敵はもういないのになんで?」



実は蜘蛛女が生きているのではないかと陽奈は不安を抱くが、完全に蜘蛛女の方は事切れており、動く気配はない。それを確認した陽奈は早く遊戯が終了して自分達を解放するように訴える。



「ねえ、聞こえてる!?監視カメラか盗聴器で私たちの事を見張ってるんでしょ?早く解放してよ!!」



自動販売機に流れた映像は明らかに学校内に存在する監視カメラの録画映像で間違いなく、今現在も玲乃たちの行動は何者かに監視されているはずだった。だからこそ陽奈は自分達を監視する存在に向けて訴えかけるが、何時まで立っても電子手帳から遊戯の終了のアナウンスは流れない。


まさか玲乃の予測が外れ、敵を倒すだけでは遊戯を終了しないのではないかと考えた陽奈は身体を振るえさせ、必死に頭を動かす。正直に言えば陽奈は頭を使うのは苦手だが、このままで大切な幼馴染が死んでしまう事に追い詰められ、必死に考える。



(どうして遊戯が終わらないの?敵を倒せば終わりじゃないの……まさか、最後の一人になるまで遊戯は終わらないの!?)



玲乃の話を思い出した陽奈は昨日の彼の話を思い出し、玲乃は犬男が死んだ事で遊戯が終了したと考えていた。しかし、正確に言えば昨日に死んだのは犬男ではなく、参加者の金井美香も死んでいるはずである。直接的に玲乃は金井美香が死んだ姿を見ていないが、状況的に考えても金井美香は犬男に殺されたのは間違いない。



(まさか、最後の一人になるまで遊戯は終わらないの?それなら僕が生きている限り、遊戯は終わらない……?)



混乱に陥った陽奈は自分のせいで遊戯が終了しないのではないかと考え、彼女は震える腕で体操着に隠していたカッターナイフを取り出す。玲乃が護身用に武器は身に付けておけと言っていたため、彼女は震える指でカッターを伸ばす。



(このままだと玲乃が死んじゃう……制限時間が終了するまで玲乃が耐え切れるとは思えない、なら僕が死ねば……玲乃は助かるの?)



蜘蛛女との戦闘で玲乃の身体の損傷は激しく、このまま放置すればいずれ死んでしまう。制限時間の終了まで30分近くは残っているため、陽奈は震える指でカッターナイフを掴み、自分の喉元に近付ける。


このまま玲乃を殺して自分だけが助かろうなどという選択肢は陽奈にはなかった。彼女にとって玲乃は大切な幼馴染であり、同時に誰よりも愛している人だった。想い人を殺すぐらいならば自分が死ねばいい、その考えに至った陽奈は震える指でカッターナイフを掴む。



「玲乃、ごめんね……大好きだよ」



死ぬ前に陽奈は玲乃の顔を覗き込み、唇を近づける。せめて死ぬ前に彼と口づけしようとした陽奈だったが、ここで二人の傍に倒れていた蜘蛛女の口から呻き声のような音が漏れる。



「ぎひひっ……」

「えっ……!?」



確かに聞こえた声に陽奈は驚いて振り返ると、廊下の奥の方に自分達の様子を伺う存在がいた。それを見た陽奈はすぐに相手の正体が自動販売機の映像に映し出されていた「蜘蛛女」である事に気づいた。


廊下の奥から現れた蜘蛛女はまるで玲乃たちの様子を観察していたかの如く、醜悪な笑みを浮かべてゆっくりと近づいてきた。その姿を見て陽奈は遊戯が終わらなかった理由を悟り、自分が生きているから遊戯が終わらないのではなく、まだ「敵」が残っていたからこそ遊戯が終了しなかった事を悟る。



「そっか……まだ、敵が残っていたんだ」

「ぐききっ……」

「……でも、このままだと玲乃が死んじゃうから……早く死んでよ」



陽奈は大切な幼馴染の玲乃を守るため、彼を救うために彼女はカッターナイフを手にして立ち上がる。最後に陽奈は床に横になった玲乃に顔を向け、寂しげな表情を浮かべながらも呟く。



「生きて、玲乃……」

「がああああっ!!」



獣の様な咆哮を上げて廊下から走ってきた蜘蛛女に対し、陽奈は目つきを鋭くさせてカッターナイフを構える。彼女は自分の命と引き換えにしてでも蜘蛛女を殺し、遊戯を終了させて玲乃を救うために無謀な戦いに挑む――

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