第16話 見覚えのある顔
――図書室から一番近いトイレへ向かうため、玲乃は陽奈を連れて周囲を警戒しながらも急ぎ足で移動を行う。八つ腕の女と出会う前に無事に二人はトイレへ到着し、陽奈が出てくるまで玲乃はトイレの出入口で彼女を待つ。
「れ、玲乃……ちゃんと待っててね、すぐに戻ってくるから」
「焦らないでいいから、用を足す前に全部の個室を調べてから入れよ。化物が何処に隠れているからも分からないからな」
「う、うん……分かった」
身体をもじもじと震わせながらも陽奈は玲乃の言葉に従い、彼女は女子トイレへと駆け込む。彼女が戻ってくるまでの間、玲乃は廊下を警戒しておく。こんな時に化物と出くわさないように祈り、彼女の帰りを待つ。
「陽奈、大丈夫か?」
「へ、平気~……誰もいないよ」
「そうか……何かあったらすぐに声をかけるんだぞ」
「わ、分かったから……」
女子トイレに玲乃は声をかけると、そこからしばらくの間は陽奈が用を足すまで待つ。周囲の警戒を怠らず、玲乃は陽奈が早く用を済ませて戻ってくる事を祈っていると、ここで何かが落ちてくる音を耳にする。
床に何かが落ちてきた音を耳にした玲乃は視線を向けると、水滴のような物が垂れている事に気付く。天井が水漏れでもしているのかと不思議に思った玲乃は顔を見上げると、そこには予想外の光景が広がっていた。
――玲乃の視界には天井に「蜘蛛」のように張り付く女の姿が存在し、その姿を目撃した玲乃は目を見開く。女は身体に生えた八つの腕を利用して天井に指を食い込ませ、身体を固定していたのだ。それぞれの腕が凹凸の少ないコンクリート製の天井に張り付けるほどの握力を誇り、その女は天井に張り付いた状態で玲乃を見下ろす。
突如として現れた八つ腕の女を見て玲乃は動揺し、彼は咄嗟にポケットに隠していたカッターナイフとコンパスを引き抜こうとした。だが、その前に八つ腕の女は本来は両足が存在するはずの箇所に生えている二本の腕を壁に食い込ませ、身体を伸ばす。
「よっ……!?」
「ぎぃいっ……!!」
咄嗟に玲乃は陽奈に逃げるように指示を出そうとしたが、その前に八つ腕の女の腕が伸びると、玲乃の首元を掴んで持ち上げる。人間一人を抱えた状態でも女の手が天井から離れる事はなく、軽々と玲乃は首元を掴まれて持ち上げられてしまう。
(こ、こいつ……俺に声を出させないように!?)
玲乃は必死に身体をばたつかせるが、女の手は玲乃の首元を離さず、このままでは窒息死かあるいは喉を押し潰されてしまう。必死に玲乃は逃げようとするが、それをあざ笑うように女は無言のまま玲乃の身体を持ち上げ続けた。
(くそっ……この蜘蛛女め!!)
蜘蛛のようにさかさまの状態で自分を持ち上げた「蜘蛛女」に対して玲乃は怒りを抱き、咄嗟にポケットにしまっていたカッターナイフとコンパスを取り出すと、自分の首を掴む女の手の甲に突き刺す。その結果、蜘蛛女は悲鳴を上げて玲乃を手放す。
「ぎぇええええっ!?」
「えっ!?れ、玲乃!?」
「陽奈、逃げろっ!!こいつは俺が注意を引く!!」
玲乃は首元を抑えながらも陽奈が女子トイレから逃げるように指示を出すと、自分も全速力で廊下を駆け出す。一方で蜘蛛女の方は二つの腕に突き刺さったコンパスとカッターナイフを引き抜き、怒りに満ちた表情を浮かべて玲乃の後を追う。
追いかけてくる蜘蛛女の姿を見て玲乃は全速力で駆け抜け、幸いにも昨日の「犬男」と比べれば移動速度はそれほど早くはなく、ほぼ同じ速度だった。しかし、全力で駆け抜ける玲乃に対して蜘蛛女の方は全く疲れる様子はなく、徐々に距離を詰めていく。
(くそっ……こんな事なら陽奈に言われた通りに普段から運動しておけば良かった!!)
それなりに運動神経には自信があった玲乃だが、体力が消耗して徐々に移動速度が落ちていく自分と比べて蜘蛛女の方は速度を全く落とさずに距離を詰めていく事に焦りを抱いた。だが、玲乃が気になるのは先ほど間近で見た蜘蛛女の顔面だが、何処かで見覚えのある顔だった。
(あの顔、まさか……!?)
走っている途中で考え事をしてしまったせいか、玲乃が一瞬だけ前方の注意を忘れてしまい、いつの間にか曲がり角にまで迫っている事に気付く。慌てて玲乃は未知を曲がろうとしたが、勢いのままに壁に身体がぶつかってしまい、苦痛の表情を浮かべる。
「いつっ……!?」
「ぐぎぃいいいいっ!!」
後方からすぐに蜘蛛女が追いつくと、玲乃に目掛けて飛び込む。その様子を確認した玲乃は目を見開き、自分に飛び掛かってくる蜘蛛女の顔を捉える。その顔を見て玲乃の脳裏には昨夜に遭遇した「金井美香」の顔と瓜二つである事を見抜いた。
蜘蛛女の顔面が金井美香と全く同じ顔である事に気付いた玲乃だが、その事に疑問を抱くために彼は押し倒されてしまい、映像で捕まった男子生徒のように両足、両腕、顔面を抑え込まれてしまう。蜘蛛女は怒りのままに玲乃の身体を握りしめ、皮膚に爪が食い込んで血が流れる。
「うぎぃいいいっ!!」
「がああっ……!?」
頭が割れんばかりに掴んでくる蜘蛛女の手に玲乃は悲鳴を漏らし、両足も両腕の骨も軋み始める。このままでは殺されると思った時、突如として蜘蛛女の背中に衝撃が走った。
「玲乃から離れろぉっ!!」
「ぎゃあっ!?」
「っ……!?」
玲乃の耳に陽奈の声が響き、直後に彼の身体を拘束していた腕が引き剥がされ、蜘蛛女は玲乃の横に倒れ込む。いったい何が起きたのかと玲乃は目を開くと、そこには女子トイレから追いかけてきたと思われる陽奈の姿が存在した。彼女は興奮した様子でモップを掴んでおり、どうやら女子トイレの掃除用具から持って来たらしい。
陽奈は玲乃を殺そうとした蜘蛛女を見て怒りを堪え切れず、彼の横に倒れた蜘蛛女に向けてモップを振り下ろす。蜘蛛女は陽奈の攻撃に悲鳴を上げ、必死に八つの腕で身体を守る。
「このっ、このっ!!」
「ぎぃいっ……!?」
「陽奈、落ち着け!!あの武器を使え!!」
冷静さを欠いて陽奈は必死に蜘蛛女に攻撃を行うが、それを見た玲乃は彼女が事前に自動販売機から購入した武器を使うように促す。しかし、その前に蜘蛛女は振り下ろされたモップを掴み、逆に陽奈から武器を奪う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます