第7話 昨日の出来事

「ん~……熱はない、と思う」

「そうか……というか、お前な。わざわざ額を合わせなくても手を当てれば十分だろう」

「でも、こっちの方が分かりやすい気がするし……あれ、もしかして照れてるの?」

「うるさい」



玲乃が頬を赤らめた表情を浮かべているのを知った陽奈は照れくさそうな表情を浮かべ、額を離す。もうしばらくすればバスがやってくる時間帯のはずだが、その前に玲乃は彼女に昨日の出来事を尋ねる。



「そういえば陽奈、昨日は部活どうだった?」

「え?部活?別に何も……んんっ?」

「どうした?」

「いや、今誰かに見られていたような気がして……気のせいかな?」



陽奈は周囲を見渡し、その様子を見て玲乃も不思議に思いながらも辺りを見回すが、特に自分達以外に誰も見かけない。特に朝早い時間帯でもないにも関わらず、人の姿が見えない事は珍しかった。


誰かに見られているのが気のせいだと判断した陽奈は改めて玲乃の隣に座り、身体が触れるぐらいに密着する。彼女の行動に玲乃は不思議に思い、いつもよりも妙にスキンシップが激しい事に玲乃は疑問を抱く。



「何か今日は近くない?」

「う、うん……最近、変な男の子に付きまとわれているから、ちょっと怖くなって……」

「男の子?誰?」

「分からない、同級生だとは思うんだけど、名前までは……」



玲乃が尋ねると陽奈はここ最近、奇妙な視線を感じるらしく、その視線の主が少し前に自分に告白してきた男子ではないかと不安を抱いていた。陽奈は容姿も優れていて性格も良いため、男子生徒の特に同世代から非常にモテる。何度か告白された事もあるが、本人は部活に集中したいという理由で断っているのだが、告白してきた男子生徒の中で一人だけしつこく付きまとう生徒がいるという。



「僕が何度も断っても顔を合わせる度に付き合って欲しいといってきて、最近は通学路でも待ち伏せしてくるんだ……」

「そうだったのか……あれ、でも俺はそいつを見かけた事はないけど」

「それは玲乃が最近は僕と一緒に帰る事が少なくなったからだよ。もう、玲乃も陸上部に入ればよかったのに……」

「面倒くさい」



何度か陽奈は玲乃に陸上部に入るように勧めてきた事があったが、当の玲乃本人は運動部に入って身体を鍛えるより、帰宅部として自由な時間を自由に過ごしたいという考えの元で部活に入るつもりはない。釣れない態度を取る玲乃に陽奈は頬を膨らませるが、少し恥ずかしそうに身体を摺り寄せる。



「えへへ……」

「……何でこっちに来るんだよ」

「だって、こうして玲乃と仲良くしていれば私の事を付きまとう男の子も居なくなるかなと思って……」

「人を巻き込むな……でも、そんなにしつこい奴なの?」

「うん、そういえば玲乃の事も聞かれた事があったよ。私が本当は玲乃と付き合っているから自分とは付き合わないんじゃないかって……その時は曖昧に返事を濁してたけど」

「……おい、それで俺に恨みの矛先が向かったらどうするつもりだ」



はっきりと自分と付き合っていない事を否定しなかった陽奈の言葉に玲乃は呆れ、お仕置きがてらにもう一度旨でも揉もうかとするが、ここでバスが訪れた。陽奈に叱る暇もなく、玲乃は彼女と共にバスに乗り込む――






――バスが発車した後、二人の様子を近くの茂みから監視していた男が姿を現す。その男は手にスマートフォンが握りしめられていた。男子生徒は仲良さげな態度で去っていく二人の姿を見て忌々し気な表情を浮かべ、ぶつぶつと呟きながらも学校へと向かう。






それからしばらく時間が経過した後、昼休みを迎える。玲乃は学校の屋上へと立ち寄り、購買のパンを食べていた。白鐘学園では屋上は解放されているため、寒い日以外では生徒はよく立ち寄って外の景色を眺めながら食事を行っていた。


いつもは陽奈や友達と一緒に食事を行う玲乃だが、今日は陽奈も友達も都合が悪いとの事で一人で屋上で食事を行っていた。珍しい事に屋上には誰もおらず、玲乃が一番乗りだったらしく、一人で外の風景を眺めながらも食事を行う。



「ふうっ……今日は天気が悪いな、だから皆来ないのか」



屋上に辿り着いて早々に玲乃は曇り空である事に気付き、今にも雨が降りそうな様子だった。それを確認した玲乃は他の生徒が来ない理由を悟り、自分も雨が降る前に食事を終わらせようとメロンパンに嚙り付く。



(そういえば結局、昨日の俺は何をしていたのか陽奈に聞けずじまいだったな。まあ、別にいいか……)



朝に目覚めた時は不気味な「夢」を見たせいで不安を抱いていた玲乃だったが、時間が経過する事に冷静さを取り戻し、自分が見た夢の内容が現実で起きていたなど信じられるはずもない。だが、夢にしては未だにはっきりと覚えており、どうにも忘れる事が出来なかった。



「夢、なんだよな」



自分の電子手帳に視線を向け、メロンパンをベンチの上に置いて玲乃は緊張した面持ちで電子手帳を開く。しばらくの間は電子手帳に何か異変はないのか確かめてみるが、夢に出てきた「地図画面」や「遊戯の説明文」らしき物は一切表示されない。


特に何も変化していない電子手帳の画面を見て玲乃は安心しかけるが、ここで電子手帳に搭載されている「学内ニュース」というアプリに視線を向ける。電子手帳といっても白鐘学園の電子手帳はスマートフォンのように様々なアプリも搭載されているため、この「学園ニュース」とは学内で実際に起きた事件を伝えるアプリである。



「三年生の女子生徒が……行方不明?名前は金井美香、か」



ニュースの内容を確認した玲乃は三年生の女子生徒が行方不明と知った途端、昨日に遭遇した女子生徒の事を思い出す。まさかとは思いながらも玲乃は電子手帳の検索のアプリを使用し、金井美香の名前を打ち込む。電子手帳を使えば全校生徒の顔写真と名前も確認する事も出来るため、玲乃は嫌な予感を覚えながらも検索を行った。



「まさか……そんな馬鹿な、あり得るはずが……!?」



電子手帳に「金井美香」の情報が表示された瞬間、その顔写真を見て玲乃は立ち上がる。間違いなく、昨日の「夜」に遭遇した女子生徒の顔と一致していた。髪型は微妙に異なるが、この顔写真は学年が切り替わる度に更新されるため、髪の毛の長さが変化していてもおかしくはない。

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