第39話
ようやく腕の中におさまって穏やかな寝顔を見せるアウロアを、ブライトは蕩けるような眼差しで見つめた。
ブライトは、アウロアを愛している。
初めて会った時よりも、毎日のように彼女を抱いていた時よりも、愛しているのだ。
今回、風邪をひいてしまったのは不覚だったが、まさかアウロア自ら看病してくれるとは思っていなかった。
全ての貴族がとは言わないが、夫や妻が寝込んでも顔は見せる事はあっても、つきっきりで看病する事はまず無い。
ましてや国を統べる者の片方が病で倒れたとなれば、それが感染する病であれば尚更、完治するまで近づける事はないのだ。
だから、病がうつる事か猶予期間を理由に、これ幸いと離れていくのではと思っていた。
少しは期待してもいいのだろうか?
どれだけ迫っても反応が薄い、愛しい妻。
結婚してから、王妃として大事にしてきたつもりだった。妻として、愛していたつもりだった。
どんなに彼女の態度がそっけなくても、家族としては想われていると思っていたのに。
呆気ない離縁宣告。
側室を持とうとした自分が悪い事はわかっている。
だが、ああもあっさり切り捨てられるとは思わなくて、あまりの衝撃に頭の中が真っ白になってしまった。
そして、アウロアを『愛しているつもり』だったのではなく、心の奥底で本当に『愛している』のだと気付いた。
別れを切り出されて気付くなど、本当に間抜けだと思う。
始めからお互い腹を割って話し合っていれば、こんなに拗れる事はなかったのだ。
誓約書の事だってそう。
噂以上に美しい妻に舞い上がり、本当は彼女が何を考えていたのかすら知らなかったし、知ろうともしなかった。
本当に、情けない・・・・
自分に対する妻の冷めた態度に、全力でアプローチしていたつもりだったが、何処か探るような感じがあったことは否めない。
これ以上嫌われたくなくて、思っていた以上に臆病になっていた。
だが、今回そばに居てくれた事でもう少し強引に迫ってもいいのではないか・・・・そう思って行動した。
時間もそう残されてはいないのだから。
抱きしめた妻の首元に顔を埋め、大きく息を吸い込む。
嗅ぎなれた花の様な仄かに柔らかで甘い匂いに、身体全体に力が入り更に抱きしめる腕に力が籠る。
好きで、愛しくて、愛しくて・・・・苦しくなる・・・
結婚し子供もいるのに、まさかこんな風に初めて恋を知ったかのような想いを味わうとは思いもしなかったブライト。
だが心の何処かで、これが最初で最後のチャンスなのだと分かっている。そして今度こそは、愛し愛される関係を築きたいと・・・心から願ってしまうのだ。
側にある温もりに、無意識にすり寄りもう一度意識を手放そうとしたアウロア。
すると、ふんわりと温かい何かが身体を包み込む。
寒いのが苦手なアウロアは、甘える様に更に身を寄せふわふわとまどろんでいたが・・・ハッとした様に目を開けた。
そして自分が今どこにいるのかを思い出し、飛び起きた。
昨夜はブライトと一緒に寝るつもりはなかった。
だが、彼からの突拍子もない求婚と、夫の顔が急にキラキラ輝いて見えてしまったその原因の所為で、離れがたくなってしまったのだ。
正直なところ、不本意な気持ちのほうがまだ強い。これまでの事を考えれば、離縁一択。つい最近まで、そう思っていたし、そうなるのだと疑う事すらなかった。
なのに、自覚してしまった気持ちに目を背けることすらできないほど、自分でも気づかぬ内にそれは育っていた。
自分の事なのに、アウロア自身も驚いた。まさか又、この様な甘酸っぱい思いを味わうのかと・・・
恐らく徐々にブライトに対し気持ちは傾きつつあったのだと思う。
素直になれなくて意地を張り、目を背けていた。
それが一気に溢れ出ただけ。早いか遅いかだけの話であって、たまたま昨夜だっただけの事である。
昨夜はなんとか表情を取り繕ったつもりだった。が、内心かなり動揺していた。
多分、ブライトにはばれていたかもしれない。
気恥ずかしさはあるものの、病み上がりの夫が気になり顔を向ければ、彼は嬉しそうに愛しそうにアウロアを見つめている。
そして、やはりキラキラ輝いて見えていた。
その現実に、アウロアは諦めたように溜息を吐き、白旗を上げた。
これ以上自分の気持を偽っても、誰も幸せにはなれない。
未だ彼に対する多少の不信感はあるものの、それはこれからブライトがアウロアに対し示す態度や気持ちで解決する事なのだ。
いずれは無くなっていくのだとわかっている。
そう思ってしまうほど、アウロアはブライトを好きになってしまっていた。
ならばもう、いいではないか・・・と、そう思った瞬間、肩から力が抜けていった。
何だか無性に彼に触れたくて、熱を測るふりをしながら額に手を載せる。
これまでは彼に触れることに対し、何も考えていなかったのに、今は顔が熱くてドキドキと心臓が煩い。
結婚当初も、彼に好意を抱いた時も、此処まで緊張しなかったのに・・・
そんなアウロアを見てブライトは虚を衝かれたかのように目を見開き、次の刹那、本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべたかと思うと、思い切り彼女を抱きしめた。
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