第845話 三橋師範の実験

 シュンは手に持つ小狐丸をダークウルフ目掛けて振り下ろす。ダークウルフは横に跳んで躱すと、シュンに向かって反撃した。


 シュンとダークウルフの戦いは激しいものとなった。シュンの斬撃を柔軟な動きで躱すダークウルフは、鋭い爪でシュンの身体を引き裂こうとする。シュンは『疾風の舞い』の技術を使って避けると反撃する。


 シュンの動きはまだまだだと思いながら、三橋師範は見守った。シュンは小狐丸だけでダークウルフを仕留めようとしているようだ。攻防が繰り返され、シュンが苦しそうに呼吸するようになったので、手で交代すると合図した三橋師範が前に出た。


 すでに『ホーリーキック』は発動して待機状態になっている。シュンに代わって前に出た三橋師範にダークウルフが噛みつこうとした。その攻撃をするりと横に躱した三橋師範は、ダークウルフの胸をポンと蹴り上げた。これは金的蹴りの要領である。


 足の甲がバリアに命中した瞬間、眩しい光が放出されて聖光貫通クラスターがダークウルフの胸を貫通した。


 ダークウルフの肉体が黒い霧のようなものを吐き出しながら消えたので、三橋師範とシュンは高速戦闘モードを解除する。


「仕留められなかった」

 シュンが肩を落として言う。

「高速戦闘の修業をやり直した方がいいようだな」

 三橋師範の言葉に、シュンは溜息を漏らした。その様子を見た十兵衛がシュンに近付いた。


「一緒です」

 十兵衛は一緒に修業しましょうと言いたかったようだ。

「そうだね。一緒に修業しよう」

 そう言ったシュンは、モスクの外に向かう。ギルド職員を見付けたシュンはダークウルフを仕留めた事を伝えた。それを聞いたギルド職員は、大声で何かを叫んだ。すると、大勢のモーリタニア人から歓喜の声が上がった。


 それほどダークウルフは脅威だったのだろう。モーリタニアでの仕事は終了したが、このまま帰るのも味気ないと思った二人はモーリタニアの首都ヌアクショットを観光する事にした。


 しかし、残念な事にヌアクショットに名所みたいなところがほとんどない事が分かった。どうしようかと考えたところに、ギルド職員からセブアダンジョンの十層に中ボスが復活したという情報が入った。


 その中ボスというのは、バジリスクだ。全長十三メートルで巨大なトカゲの姿をしている。一番の脅威は、その眼が邪眼で見詰めた相手を石にするというものだ。だが、その邪眼はまず精神攻撃から始まるので、『鋼心の技』を習得している者は大丈夫だと分かっている。


「師範、これはチャンスですよ。バジリスクのドロップ品を手に入れて帰りましょう」

「いいだろう。まずはセブアダンジョンの情報収集から始めるぞ」

 三橋師範とシュンは、セブアダンジョンの資料をギルド職員に翻訳してもらって調査した。その後、セブアダンジョンへ向かう。


 セブアダンジョンに入った二人は、地上とあまり変わらない風景に少しガッカリした。荒れ果てた荒野が広がっており、そこにロックゴーレムがうろうろしていた。


 三橋師範は影から十兵衛を出した。十兵衛とロックゴーレムを戦わせてみようと考えたのだ。戦うように指示を出すと十兵衛がメイスを持って進み出る。


 二メートル半ほどの大きさであるロックゴーレムが殴り掛かるのを避けた十兵衛は、メイスをロックゴーレムの胸に叩き付けた。メイスヘッドに取り付けてある分厚い刃が岩の胸に突き刺さり切り裂いた。


 ちなみに、メイスヘッドには『く』の字に曲がっている八本の分厚い刃が、矢の羽根のように円状に取り付けられている。


「へえー、岩を切り裂けるんだ。<斬剛>の特性が効果を発揮しているのかな」

 シュンの言葉を聞いた三橋師範が頷いた。

「それもあるが、朱鋼という頑強な金属が斧のような分厚い刃になっているから、岩でも切り裂けるのであろう」


 十兵衛がもう一度メイスを叩き付けてロックゴーレムの胸を完全に破壊した。それが致命傷となってロックゴーレムが消える。


「まあまあだな。少しはメイスを使い熟せるようになったようだ」

「師範、厳しすぎますよ。十兵衛は少し前に誕生したばかりの赤ちゃんみたいなものなんですから」


 三橋師範が苦笑いする。

「それはそうだが、人間とシャドウパペットでは違うからな」

 グリムたちがシャドウパペットを作って戦闘にまで参加させていると知った時は、何をやっているのだと三橋師範は批判的だった。


 だが、自分のシャドウパペットを持つと考えが変わった。シャドウパペットというものは、覚えが早く完全な形で覚えるので、教育次第で素晴らしい存在になる。


 ただシャドウパペットの魔導コアには記憶容量の制限があり、大量の知識を詰め込むのは難しい。その弱点を克服するには、複数の魔導コアを融合する技術が必要だった。融合する事で記憶容量が増えるのだ。


 十兵衛は二つの魔導コアを融合して使っているので、記憶容量は二倍になっている。それを利用すれば優秀な戦闘シャドウパペットになるだろう。


 それ以降も十兵衛を戦わせてみた。二層の草原でアーマーボアの頭を一撃で粉砕して仕留め、四層の砂漠ではプチサラマンダーの首を一撃で刎ねて仕留めた。この事により十兵衛が戦闘シャドウパペットとして戦力になる事が証明された。


 三橋師範とシュンは十層に到達した。山岳地帯を奥へと進んだ二人は、中ボス部屋へ辿り着いた。山の麓で見付けたトンネルの入り口から中に入り、山の中に大きな地下空間があるのを発見した。


 中を覗くと巨大なトカゲが地面に寝そべっている。それを確かめた三橋師範は、シュンに頼み事をした。


「ドロップ品は半分ずつ分けるから、あのバジリスクを、儂に任せてくれんか?」

「構いませんよ。ただ師範一人で倒すなら、ドロップ品は師範のものです」

「感謝する」


「でも、どうしてです?」

「ちょっと試したい事がある」

「何を試すのか教えてください」

 試す内容によってシュンの助けが必要になるかもしれないので確かめた。

「あのデカブツを高速戦闘で倒せるか、実験しようと思う」


 シュンが首を傾げた。

「確かに高速戦闘ができない魔物が相手なら、一方的な戦いができるでしょう。しかし、大きな魔法が使えなくなりますよ」


 高速戦闘中だと威力がある魔法が使えなくなる。そのせいで巨大でタフな魔物を倒すのに時間が掛かってしまう。この時間が掛かるというのは戦っている者の体感する時間の事だ。それに魔力も大量に消費するので、高速戦闘ができない相手なら、こちらも高速戦闘を使わないというのが常識になっていた。


「威力が小さな魔法でも、的確に急所を攻撃すれば倒せるのではないか、という実験でもある」

 シュンは納得して頷いた。


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