第844話 モーリタニアの三橋師範とシュン
三橋師範とシュンは飛行機を乗り継いでモーリタニアへ向かった。モーリタニアの空港に到着すると、冒険者ギルドの職員が迎えに来ていた。
その職員は英語を話せたので、シュンも三橋師範も言葉で困る事はなかった。三橋師範は若い頃にアメリカへ格闘技の勉強に行った経験があるので、英語は大丈夫なのだという。
「状況はどうなっておる?」
三橋師範が尋ねた。
「ダークウルフはメデルドラという町に逃げ込み、今でも人を襲っています。そのせいで亡くなった人は、五十人を超えました」
メデルドラはそれほど人口の多い町ではない。それが予想より被害者の数が少ないという結果に繋がっている。もし、ダークウルフが東京の街に現れたら、被害者の数は三桁になっていただろう。
二人は車でメデルドラへ案内された。途中の大地は所々に低木が生えているが、全体的には赤い土が広がる乾いた土地という印象だった。
メデルドラへ到着し、冒険者ギルドへ行く。ここの冒険者ギルドは有志の冒険者だけを使ってダークウルフを探していた。
冒険者ギルドに残っているのは、ギルドに協力するのを嫌がった冒険者たちだ。それなら自宅に引き籠もっていれば良いのに冒険者ギルドでだらだらしているのは、一人の時にダークウルフと遭遇するのが怖いからのようだ。
三橋師範とシュンが待合室を見回すと、嫌な目付きの視線が集まった。その連中がガヤガヤと騒ぎ始めた。
「何を言っておるのだ?」
三橋師範がギルド職員に尋ねた。
「はあ……ダークウルフを退治に来た冒険者が、どんな凄い人物かと期待したのに、老人と少年だと言って騒いでいるのです」
「ふん、こんな連中の事はどうでもいいが、舐められたままでは気分が悪い。シュン、ウォーミングアップでこいつらを黙らせるぞ」
「師範、大人げないのでは?」
「これも教育の一つだ」
三橋師範はニヤッと笑って魔力を全身に循環させ始めた。それに気付いたシュンもウォーミングアップを始める。二人の身体から漏れ出した膨大な魔力が周囲を支配し始める。
それを感じた冒険者たちは顔色を変えた。青くなった冒険者たちが静かになると三橋師範たちはウォーミングアップを止める。
奥から支部長らしい男が転がるように出てきた。事情を聞いた支部長は青くなっている冒険者たちを睨んでから、三橋師範たちに話し掛けた。
「お二人はギルドの応接室で、お待ちください」
そう言われた三橋師範とシュンは、長旅で疲れた身体をソファーに投げ出して休める。眠る訳にはいかないが、少しでも疲れが取れるようにリラックスする。
「師範、十兵衛の訓練は終わったのですか?」
三橋師範の戦闘シャドウパペットである十兵衛は、メティスの基礎教育を終えた後にグリムからナンクル流空手の基礎を学んだという。そして、今は三橋師範が鍛えていた。
「高速戦闘の基礎である『疾風の舞い』を教えたが、まだまだだな。これから時間を掛けて鍛えるつもりだ」
それを聞いたシュンは、相手が戦闘シャドウパペットでも可哀想になった。三橋師範が本気になった時の修業は凄まじく厳しかったからだ。ちなみに、その修業に付いて行けるのはグリムだけだった。
「そう言えば、十兵衛の武器はどうしたんです?」
「グリムに朱鋼製の武器を作ってもらった」
その武器というのは、<貫穿><斬剛><光盾>の特性を付与したメイスだった。全体が朱鋼によって作られており、先端のメイスヘッドと呼ばれている部分には『く』の字の形をした肉厚の刃物が八本も取り付けられているという凶悪なものである。
そのメイスの重さは十二キロもあり、大型シャドウパペットでないと扱えないものだった。この武器に付与されている<光盾>という特性は、<聖光>より破邪のパワーが弱いのでダークウルフのバリアを壊せないのではないかと考え、質量を破壊力にしようと考えたものだ。
しかも重量を増やすという事は、<光盾>を付与した朱鋼の量が増えるという事になるので破邪のパワーも増す。ただ十二キロのメイスを振り回す事など普通の人間にはできないので、大型シャドウパペット用の武器になる。
「シュンは戦闘シャドウパペットを作らないのか?」
「作る予定ですが、高速戦闘に欠かせない高性能なソーサリーアイが、順番待ちになっているんです」
十兵衛の場合は『魔物の眼』を使っているので問題なかったが、高速戦闘用ソーサリーアイを作る素材が品薄になっているので、それが手に入るまでは作れないという。
そんな事を話していると、ギルド職員が駆け込んできた。
「ダークウルフが見付かりました」
「よし、行こうか」
三橋師範が立ち上がり、シュンと一緒に現場へ向かった。メデルドラの町は広い土地に建物が疎らに建っている。道路も広いのだが、そこを走っているのは車ではなくラクダである。
三橋師範たちが向かったのは、礼拝をするモスクだった。モーリタニアはイスラム教の国なので、礼拝堂であるモスクの数が多い。その一つにダークウルフが現れて人々を襲ったようだ。
到着したモスクにはダークウルフが居なかった。人々を襲ったダークウルフは突然消えたらしい。三橋師範がモスクの内部を見回すと、怪我人を含めて十数名の人々が残っていた。冒険者ギルドが外へ出ないように命じたようだ。
「師範、どう思いますか?」
「突然消えたというのが、気になる。どこかの影に潜んでいるのではないか」
「どこかではなく、誰かかもしれませんよ」
「なるほど、それなら残っている人々の影を調べて、モスクの外に移動させるとしよう」
三橋師範は影から十兵衛を出した。ギルド職員に説明し、それを残っている人々に伝えてもらう。すると、人々が不安そうな表情を浮かべた。
二人は衝撃吸収服のスイッチを入れ、武器を構える。三橋師範が龍撃ガントレット、シュンが破邪の力を持つ明神剣小狐丸である。
三橋師範が一人ずつ前に出るように指示した。そして、十兵衛が影に潜り調べる。五人まではダークウルフが潜んでいない事が分かり、その人たちはモスクの外へ出た。
六人目の女性の影に十兵衛が潜って調べ始める。十五秒ほど経った頃、吠えながらダークウルフが飛び出してきた。三橋師範とシュンが魔導装備の指輪に魔力を流し込んで素早さを強化する。
打ち合わせ通り、三橋師範は戦いながらダークウルフを礼拝堂から中庭に誘い出す。シュンは残っている人々の前に立って壁となり、その間にギルド職員が人々をモスクの外に避難させた。人々が避難するのを待ち、シュンはダークウルフとの戦いに参戦する。
シュンは邪卒との高速戦闘を経験するために積極的に前に出た。それが分かった三橋師範は、シュンのサポートに回った。
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