第841話 賢者柊木と邪神
日本に戻った俺は、シャドウクレイにD粒子を練り込む魔法『プチクレイニード』を魔法庁に登録した。それから魔法庁にダークウルフが現れた時の対処法として、戦闘シャドウパペットの活用法を広めてくれるように頼んだ。
屋敷に戻った俺は、邪卒に有効な武器について考え始める。特性を使って邪卒に有効な魔導武器を作る事も考えたが、使えそうな特性が<貫穿><斬剛><光盾>の三つしかない。しかし、この三つを付与した魔導武器を作ったとしても邪卒に通用するとは思えない。
「どうしたらいいと思う?」
俺は相談に乗ってくれたアリサに尋ねた。
「D粒子一次変異の特性を、D粒子二次変異に変換できないの?」
その発想は俺にはなかった。だが、可能なのだろうか?
俺とアリサは二種類の特性の違いを議論し、変換できるか検討した。結論として無理だという事になった。
「悔しいけど、無理そうね。だったら、冒険者ギルドに協力してもらって、特性の巻物を集めてもらったら」
「なるほど、今なら邪卒対策という事で全面的な協力が得られるな。ただ集めても欲しい特性が手に入るとは限らないんだよな」
と言っても他に方法を思い付かなかったので、慈光寺理事長に連絡して特性の巻物を探すように頼んだ。邪卒対策に必要だという事で、慈光寺理事長は喜んで引き受けてくれた。
特性の巻物が集まるの待つ間に何をしようと考えていた時、鬼龍院校長が訪ねてきた。俺は応接室に案内して執事シャドウパペットのトシゾウにコーヒーを頼む。挨拶して最近の出来事を話すと校長が用件を切り出した。
「グリム、賢者の柊木玄真を知っておるか?」
柊木はグリムが使っている賢者としての通称である。
「もちろん知っていますが、それがどうかしたんですか?」
鬼龍院校長が渋い顔をする。
「隠さんでもいい。柊木とはグリムの事なんじゃろ」
思わず苦笑いする。校長を騙す事はできなかったようだ。
「ええ、そうです」
校長がやっぱりという顔で頷いた。
「その賢者の子供が現れて、講演会を開いているようじゃぞ」
「はっ?」
俺は意味が分からず首を傾げた。柊木玄真の子供……何だそれ? それに講演会だと、意味が分からない。
「講演会ですか。どんな話をしているんです?」
「この世界が終わるという終末論じゃ。もうすぐ、邪神が復活して終末戦争が始まると言っておるんじゃ」
大嘘だと言えないところが残念だ。邪神が復活したら、本当に世界は終わってしまうかもしれない。しかし、そんな事をどうして講演会で言っているんだ?
「講演会で終末論を唱えておるだけではない。世界を救うための寄付を訴えておるそうだ」
「それは詐欺じゃないですか」
「ああ、引っ掛かる者が多いらしい。儂も詳しくはないが、この手の詐欺が増えておるそうじゃ」
一般の人々の間にも邪神の事が広がっているようだ。邪神の存在は人々の心の中に闇を生じさせ、不安となっているのかもしれない。
「警察に通報して逮捕してもらいます」
「それがいいじゃろう」
それから鬼龍院校長と雑談して楽しい時間を過ごした後、校長が帰った。
「メティス、邪神が一般の人々に何かの力を行使している、と思うか?」
『そうは思いません。邪神の存在を知った人々が、単に不安になっているだけでしょう』
「……すると、邪卒や邪神眷属の出現が多くなると、不安になる人々が増えそうだな」
『それがダンジョンの中だけなら、それほど影響はないと思います。ですが、邪卒が地上にまで現れると、社会が混乱するでしょう』
俺もそうだろうと思う。だから、ダークウルフは要注意だ。冒険者の影に隠れて地上に移動するような事があれば、大変な事態になる。
「何かいい方法はないだろうか?」
『検知装置みたいなものが、開発できればいいのですが』
「邪卒検知装置?」
『そうです』
「難しそうだな。邪卒に関する情報が少なすぎるんだ」
行き詰まった俺は、気分転換に買い物に行く事にした。アリサも行くというので二人で駅に向かって歩き出す。すでに桜の花が散って過ごしやすい季節になっており、時折吹く風が気持ち良い。
「三橋師範の戦闘シャドウパペットは、名前が決まったの?」
「決まったよ。『十兵衛』になった」
アリサが微笑んだ。
「柳生十兵衛? 三橋師範らしい。三橋師範が空手を教えるのかしら」
「そんな酷い事はしないよ。初めから三橋師範に教えさせたら、シャドウパペットが混乱する」
「自分の師匠なのに、酷い事を」
「師範は空手の天才なんだよ。理論ではなく感覚で理解しているから、師範から空手を習うにはコツが必要なんだ。……面白いのは、師範は生活魔法なら普通に教えられるんだ」
駅の近くに掲示板があり、そこに
「柊木空真の講演会……誰?」
アリサが聞き覚えのない名前だったので尋ねた。俺は苦笑いする。
「柊木玄真の子供らしいよ」
それを聞いたアリサが目を丸くする。
「何それ?」
「本人がそう言っているそうだ」
「柊木空真は、何歳くらいの人なの?」
「三十歳くらいだと聞いた」
アリサが笑い出した。柊木玄真である俺が二十八歳なのに、子供である空真が三十歳だというのがアリサのツボに嵌ったらしい。
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