第840話 グリムとダークウルフ

 聖光反射プレートに弾き飛ばされたダークウルフは、地面を転がり素早く起き上がると高速戦闘モードに入った。邪卒の高速戦闘モードの切り替えがどうなっているのか分からないが、普通モードと高速戦闘モードの切り替えはあるようだ。それがないと邪卒の肉体でも耐えられないだろうと思う。


 ダークウルフが低い姿勢で走り出し、俺に向かって襲い掛かる。俺はもう一度『カーリープッシュ』を発動し、聖光反射プレートでダークウルフを撥ね飛ばした。


 ダークウルフが宙を飛んでいる間に『ホーリーキック』を発動して待機状態にする。同時にダリオとレナートが高速戦闘モードになって参戦した。


 改めて高速戦闘中に使える魔法が少ないと痛感した。特に相手が邪神眷属や邪卒だと極端に使える魔法の数が減ってしまう。特に防御用の魔法は『カーリープッシュ』しかない。ホーリー系の『ホーリープッシュ』もあるが、これは魔法としてのパワーが弱いので、ゴブリンやオークが邪神眷属になった場合くらいしか使えないだろう。


 ダリオがイフリートソードをダークウルフに叩き付けた。しかし、邪卒のバリアによって防がれてしまう。それはダリオもわかっているはずだ。たぶん時間稼ぎをしているのだろう。


 レナートも魔導武器を持って戦いに参戦した。必死に攻撃しているが、全てがバリアで弾かれてしまった。二人は何を思って戦っているのだろう。邪卒に通用する武器さえあれば……そう思っているのは間違いない。


 それともう一つ、時間稼ぎをすれば俺が何とかしてくれるという信頼があるのかもしれない。その信頼は嬉しいが、それには責任も付いて回りそうだ。それがプレッシャーとなって不機嫌な顔になる。


 ダークウルフの動きが一瞬だけ止まった。ダリオとレナートの攻撃は無駄ではなかったのだ。俺はダークウルフの懐に飛び込んで腹に蹴りを叩き込んだ。


 眩しい光が発生して聖光貫通クラスターがダークウルフの胴体を貫通する。致命傷ではなかったが、ダークウルフの高速戦闘モードが解除された。


 後ろに跳んで高速戦闘モードを解除すると『ホーリーファントム』を発動しようとした。だが、瀕死のダークウルフが俺を追って跳躍し、俺の影に逃げ込んだ。


 ダリオが近付いて来た。

「厄介な事になりましたね」

 俺はダリオの顔を見て微笑んだ。そして、光剣クラウ・ソラスを取り出して魔力を注ぎ込み、フォトンブレードを形成する。

「そうでもない」


 そう言った次の瞬間、影からダークウルフが飛び出してきた。そこにフォトンブレードを振り下ろす。ダークウルフが真っ二つとなった。そして、黒い霧のようなものを噴き出しながら消えた。


 ダリオが驚いた顔になる。

「どうしてダークウルフが飛び出してくると、分かったんです?」

 俺は為五郎に影から出てくるように命じた。すると、為五郎の巨体が影から現れる。

「えっ、もう一体の戦闘シャドウパペットが影に潜っていたんですか。さすがA級七位ですね」

「最近確認していなかったが、七位になっていたのか。邪卒関係の実績が認められたのかな」


 その様子をジッとジーナが見ていた。そして、こちらに来ると口を開く。

「あなたを呼んで正解だったわ。しかし、ダークウルフの対策には戦闘シャドウパペットが必要なようね」


 現在市販されているシャドウパペットは、重量二十キロほどまでというのが一般的限界だ。二十キロでは戦闘シャドウパペットは作製できない。


 それ以上の大型シャドウパペットを提供できるのは、フランスが開発した練成マシンを所有する工房か、亜美が経営する工房だけになる。


 世界がダークウルフに備えるためには、七十キロまでのD粒子を練り込んだシャドウクレイを作製できる『プチクレイニード』を公開するしかないようだ。七十キロのシャドウパペットなら戦闘用として使えるだろう。ただ高速戦闘用のソーサリーアイを作れる魔導職人が少ないという点が問題になるかもしれない。


「シャドウパペットについては、こちらで考えてみます。ジーナ殿はシャドウ種の邪卒がどれほど危険か、世界に警告してもらえますか」


「ええ、私の方で手配しましょう」

 俺とジーナが話していると、レナートが近付いてきた。

「グリム先生、トドメで使われた魔導武器は何ですか?」


 『グリム先生』と呼ぶので疑問に思い問い質すと、レナートも俺とカリナが書いた『生活魔法教本』を読んで生活魔法を勉強した一人らしい。それで『先生』という言葉が出たようだ。


「質問はトドメに使った魔導武器でしたね。あれは光剣クラウ・ソラスです」

「あれが有名な光剣クラウ・ソラスですか。手に入れるのは難しそうですね」

 実際は光剣クラウ・ソラスより、アメリカが所有する光剣クラウ・クラウの方が有名である。数が多い上に多数の邪神眷属を倒してニュースになっているからだ。


「アメリカは光の短剣を多数集めて、光剣クラウ・クラウを作ったそうだから、国のやり方次第じゃないかな」


 アメリカのステイシーは、逸早く有用な情報を手に入れて多数の光剣クラウ・クラウを手に入れた。アメリカから見れば有能な人物である。一方、情報を知らずに光の短剣を売った国々からすれば油断ならない人物という事になる。


 破邪の魔導武器をドロップする魔物の情報を集め、その破邪の魔導武器を『奉納の間』のようなところでバージョンアップさせれば、邪卒とも戦える武器を手に入れられるだろう。俺がそういう話をすると、ジーナとレナートは感心したように頷いた。


 俺はジーナの屋敷に招待され、そこでジーナと魔法について語り合った。ジーナは『魔法構造化理論』の具体的な応用について知りたがり、俺はジーナが開発した『ブラックホール』について詳細を聞いた。


 重力を魔法に応用するやり方は興味深く勉強になった。その翌日、俺は日本に戻った。ジーナから観光旅行でもすれば良いと勧められたのだが、日本にダークウルフが現れた時の対応が大丈夫か気になって帰国した。


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