第821話 三橋師範と魔法

 その翌日、三橋師範の道場へ行った。意外な事に道場ではモイラ、姫川ひめかわミナミ、石見いしみ咲希さきの三人が空手の稽古をしていた。指導しているのは千佳である。


 三人は生活魔法をアリサ、体術や武術を千佳に習っているのだ。三橋師範は道場の上座に座って稽古の様子を見ている。


 三人は突きと蹴りの基本動作を繰り返し、ナンクル流空手の動きを身に付けようとしていた。千佳が細かい指摘をして基本の構えや動きを修正している。


「グリム、もう少し頻繁に来い。腕が鈍ってしまうぞ」

 三橋師範から叱られた。

「忙しかったんで、仕方ないんですよ」

「ふむ、鈍っていないか確かめてやろう。着替えて来い」


 やっぱりこうなってしまったか、と思いながら更衣室に行って道着に着替えた。道場に戻った俺が準備運動を終えるのを待って、三橋師範が嬉しそうに声を上げる。


「さて、始めようか」

 三橋師範が道場の真ん中に進み出た。同時に稽古をしていた三人と千佳が道場の隅に下って見学を始める。


 俺は三橋師範の気配を読みながらジリジリと間合いを詰めていく。俺が三橋師範の懐に跳び込んで突きを叩き込もうとした時、三橋師範が突きをするりと躱して俺の太腿にローキックを叩き込もうとする。後ろに跳んで躱し、ステップしながら右に回り込もうとする。


 その踏み出した足に三橋師範が蹴りを放つ。俺はすねで受けようと片足を上げる。その瞬間、三橋師範の蹴りの軌道が変わった。足ではなく顔面に向かって伸びてきたのだ。


 俺は腕を上げてガードした。重い蹴りが腕に当たって弾き飛ばされそうになるが、何とか耐えて前蹴りを放つ。その蹴りを三橋師範が右腕で柔らかく受け流す。


 ヤバイ、追撃が来る。三橋師範が踏み込んで鳩尾に突きを叩き込もうとする。俺も三橋師範を真似て腕で柔らかく受け流して踏み込み、膝蹴りを出そうとした。その膝蹴りを三橋師範が同じ膝蹴りで迎撃。


 ここまでが三橋師範の準備運動みたいなものだった。三橋師範はスイッチが入ったかのようにスピードを上げた。無駄な動きがなくなり、鋭く流れるような蹴りが俺を襲う。


 この段階で俺もスイッチが入った。いわゆるゾーンに入った状態になったのだ。魔法も魔道具も使わずに高速戦闘をしているような状態になった。脳が勝手に入って来る情報を選択して戦いに必要なものだけを判断していく。


 三橋師範の正拳突きをギリギリで躱し、中段蹴りを叩き込もうとして体当たりを食らって弾き飛ばされる。迫ってくる床を軽く叩いた反動で綺麗な受け身を取って跳ね起きる。ヤバイ、三橋師範が追って来ている。襲ってくる蹴りを躱して跳び退く。


 俺は段々と道場の隅へと追い詰められた。

「降参です」

 俺は白旗を上げた。三橋師範が不満そうな顔をする。

「面白いところだったのに、やはり鈍っているぞ」

「済みません。自主練習しているんですが」


「だから、もう少し道場に来いと言っておるのだ。新しい邪卒という魔物は、武術の技量が高いそうじゃないか。技量で負けて破れるような事になったら、大変だぞ」


 三橋師範は俺の事を心配してくれているようだ。

 そんな言葉を交わした時、姫川が騒ぎ出した。あんなのは人間じゃないと言っている。失礼な弟子だ。モイラと咲希は凄いと言っている。


「ところで、師範。今日は相談に乗ってください」

「いいぞ。母屋に行こう」

 俺たちは着替えて三橋師範の家に入った。道場の隣りにある家だ。そこの縁側に座って話を始める。


「先ほど言っておられた邪卒なんですが、下級兵の黒武者でもB級冒険者が討伐に失敗するほどなんです」

「それほど手強いという事だな」

「心配しているのは、高速戦闘ができる邪卒が現れたら、どうするかという事なんです」


「高速戦闘か。魔物と戦う場合の高速戦闘は難しいものだ」

 三橋師範も防御力が高い魔物と高速戦闘する場合の難しさを理解している。素早さを強化して一方的に攻撃できるようになっても、その攻撃が全く通用しないのでは話にならない。


「高速戦闘では威力のある魔法が使えないというのが、問題なんです」

「邪卒はバリアのようなものを纏っている、という事だったな?」

「そうです」

「そうなると、私の龍撃ガントレットでも倒せないという事になる」


 三橋師範が愛用している龍撃ガントレットは、パンチを撃ち込むとその力を倍増して衝撃波に変えて魔物にダメージを与え、魔力を流し込みながらパンチすると魔力衝撃波を出すという魔導武器だ。


「昔、師範用の魔法を創ろうと考えた事があるんです」

「しかし、そんな魔法は存在せんぞ」

「師範が生活魔法を上手く使い熟すようになったので、必要ないと思ったんです」


「まあ、そうだな。特に龍撃ガントレットを手に入れてからは、戦いが楽になった。ただ蹴りを使わなくなった」


 三橋師範は蹴りの動きに合わせて『ブレード』を発動する攻撃とか使っていたのだが、龍撃ガントレットを手に入れてからはあまり使わなくなったらしい。それだけ龍撃ガントレットが使いやすいという事だ。


「だったら、蹴りの動きに合わせて発動するような生活魔法が面白いかもしれませんね」

「それはいいな。特に邪卒にも通用するような魔法だったら、最高だ」


 その言葉を聞いてアイデアが閃いた。邪卒に通用する魔法となると、<聖光>と<爆轟>の二つの特性に威力を高めるもう一つの特性が必要である。『ホーリーファントム』の場合は<分子分解>を追加したが、同じ破邪の力を持つ<光盾>を追加したらどうなるだろう、と考えたのだ。


 そして、<聖光>と<光盾>が付与されたD粒子が、<爆轟>と<ベクトル制御>で爆散の方向を制御する事により円錐形の形で撃ち出される。


 それを三橋師範に話すと、面白いと乗り気になってくれた。

「しかし、それで邪卒のバリアを貫通できるのか?」

「そうですね……では、<貫穿>の特性も追加しましょう」


 俺は<聖光><光盾><爆轟><貫穿><ベクトル制御>の特性を付与した魔法を創る事になった。ただ五つの特性を付与するとなると、魔法が複雑になって習得できる魔法レベルが上がってしまう。そうなると、高速戦闘中に発動できなくなるので、『魔法構造化理論』を使ってコンパクトに構築するしかないだろう。



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