第813話 討伐チームの誤算

 ベヒモスがブラッドリーに向かって突進を始めた。ベヒモスは素早い魔物ではないが、その直進スピードはシルバーオーガに匹敵した。全長五十メートルという巨体と凄まじいパワーを肉体に秘めているからこそ出せるスピードだった。


 ブラッドリーは魔装魔法で素早さを十倍に強化すると、その進路から逃げ出した。そして、通り過ぎたベヒモスに向かって魔剣ダインスレイフから渦緒素カオス弾を撃ち出す。


 その渦緒素弾がベヒモスに命中する。渦緒素弾はベヒモスの肉体を抉って体内に潜り込もうとしたが、ベヒモスの体内から溢れ出す神威エナジーにより押し返されて皮膚を破るだけで終わった。


 クレイトン大尉たちは魔導武器を使った特殊攻撃をしたが、ベヒモスに大きなダメージを与える事はできなかった。ただベヒモスの注意をクレイトン大尉たちに向かせる事に成功した。


 ベヒモスの注意がクレイトン大尉たちに向いている間に、キャナダインが『デスショット』を基に魔儺を組み込んだ『ペネトレイトドゥーム』を発動する。大量の魔力を注ぎ込んで発動した魔法は、魔力を特殊な方法で圧縮加工して魔儺を作り出し、それが徹甲魔儺弾を形成する。


 音速の十数倍のスピードで撃ち出された徹甲魔儺弾は、ベヒモスの胴体に命中して三十センチほど食い込んだところで爆発した。ベヒモスから初めて血が流れ出たが、すぐに止まり傷が塞がり始める。


「嘘だ。龍蛇アジ・ダハーカを仕留めた魔法なんだぞ」

 キャナダインが呆然とした感じで呟いた。ベヒモスは血を流した事で本気になったようだ。キャナダインの方を向いて口から突き出た牙に神威エナジーを集め始める。


 それに気付いたジョンソンがキャナダインに向かって大声を上げる。

「ベヒモスが何かする気だ。キャナダイン、逃げろ!」

 その声にキャナダインが気付いた時には遅かった。次の瞬間、ベヒモスの牙から神威エナジーの衝撃波が飛び出した。凄まじい力で螺旋の渦を巻きながら直進した衝撃波は、キャナダインを呑み込みバラバラに分解した。


 それを見たクレイトン大尉は血が滲むほど唇を噛み締める。

「撤退だ!」

 決断を下したクレイトン大尉たちは、素早さを強化して逃げ出す。攻撃魔法使いたちは『フライ』を使って撤退を始める。


 逃げて行く討伐チームを睨んだベヒモスは、神威エナジーを上へと放出する。すると、真っ黒な雲が湧き起こる。それを目にしたブラッドリーが叫んだ。


「まずい。ベヒモスの稲妻攻撃が来るぞ! 階段に逃げ込め!」

 その叫びを聞いたジョンソンたちは、必死になって階段を目指した。そして、ブラッドリーとハインドマンが階段に飛び込み、続いてジョンソンが階段に走り込んだ時に、ベヒモスの稲妻攻撃が始まった。


 無数とも思える稲妻が次々にクレイトン大尉たちを襲う。その結果としてアーキン少尉が逃げ遅れて死んだ。


 ジョンソンたちは少しでもベヒモスから離れようと八層へ避難する。昨日野営した場所まで戻ると、全員が地面に座り込んだ。その表情は暗く敗残兵の顔になっていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は討伐チームとベヒモスの戦いを遠くから注意深く見ていた。本当は近くで見たかったのだが、それではベヒモスに気付かれてしまう。


『どうやら気付かれていたようです』

 討伐チームを撃退したベヒモスはゆっくりと俺の方へ近付いてくる。俺たちは戦闘準備を始める。多機能防護服のスイッチを入れ、『神慮』の躬業で二次人格を作り出して神威エナジーを体中に満たす。


 俺は神剣ヴォルダリルを手に持って進み出た。それを目にしたベヒモスが凄まじい咆哮を上げる。体中に神威エナジーが満ちていなければ、地面にへたり込んでいたかもしれない。


 最初の攻撃は為五郎の新しい武器による攻撃だった。これは『ダスクバスター』と名付けたライフル型の武器になる。銃身が『レヴィアタンの小角』で、銃床と銃身の繋ぎ目に魔儺生成器が組み込まれていた。


 このダスクバスターは、俺がアメリカに飛ぶ直前に完成したもので、オカラダンジョンで試射だけして不具合がない事は確かめている。


 銃床に四つの魔力バッテリーを組み込んでいるが、それでも四回撃つと魔力切れになってしまう。そのダスクバスターを為五郎が構え、ベヒモスを狙って引き金を引いた。


 ダスクバスターの銃身が太陽のように光り輝き、朱色の光線を撃ち出す。光線に凄まじい威力があるのは、後ろから見ていた俺にも分かった。


 光線はベヒモスの脇腹に命中すると、その皮を抉り筋肉の細胞を崩壊させて一メートルほどの穴を開けた。普通なら致命傷になってもおかしくない傷である。だが、ベヒモスの体格からすれば、致命傷には程遠かった。


 ベヒモスが叫び、神威エナジーを上へと送り込む。討伐チームとの戦いで湧き起こった黒雲が完全には消えていなかった。そこに神威エナジーを送り込んだ事で、黒雲が大きくなりゴロゴロと音を響かせ始める。


 俺は『神威結界』を発動し、神威エナジーの結界を俺とエルモア、為五郎の周りに展開する。次の瞬間、凄まじい数の稲妻が降り注いだ。その稲妻は結界を目指して降り注いでいるようで、次々に結界に命中して轟音を響かせる。


 その稲妻が途切れた。この攻撃手段では俺を倒せないと諦めたようだ。結界を解除すると『神威閃斬』を発動し、神威エナジーを棒状に形成したエナジーラインを極超音速で撃ち出す。


 ベヒモスは攻撃を躱すという防御方法は取らないようだ。巨体なので避けられないという事もあるのだろうが、絶大な防御力があるので避けずに反撃するという戦い方が定着しているのだろう。


 エナジーラインがベヒモスの右肩に食い込み、深さ二メートルほどの傷を刻む。前回より半分以下の傷しか与えられなかった。疑問に思ってベヒモスを観察すると、神威エナジーを右肩に集めていたようだ。ベヒモスも学習しているという事である。


「あれだけの防御力があるのに、学習までするなんて手に負えなくなりそうだ」

 何度か挑戦して時間を掛けて仕留める方法も選択肢の一つだったのだが、早めに仕留める方が良さそうだ。


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