第806話 ベヒモス用魔法

 そう言えば、ベヒモスはどこに移動したのだろう。俺はアリサから借りている『魔物探査球』を使ってベヒモスの居場所を探した。すると、フロリダ半島にあるタンパダンジョンの九層だという答えが返ってきた。


「ベヒモスはアメリカのフロリダに移動したようだ」

 アリサが俺に視線を向ける。

「また特級ダンジョン?」

「ああ、一緒に行きたかったら、A級ランキングの二十位以内になってくれ」


「私は研究をメインに仕事をするつもりだから、無理よ」

「それがいい。冒険者の全員が頂点を目指している訳じゃないからな」

 冒険者のそれぞれにダンジョンに潜る理由がある。アリサは研究のため、俺は生活魔法を発展させるためだったのだが、今は邪神をなんとか始末しなければならないと考えている。


 そのためにベヒモスを倒す必要があるというのなら、ベヒモスを倒してやる。とは言え、まだ準備が済んでいない。これからベヒモスを倒すための手段を開発しなければならないだろう。


「ベヒモスねぇ……どんな魔法だったら、倒せると思う?」

「神威エナジーを使った魔法になると思う。本当は神威エナジーを凝縮してもっと強力にしたかったけど、無理だった」


 アリサが驚いた顔をした。

「試してみたの?」

「まあね。『鬼神力鍛錬法』を習得した直後に試した。凝縮しようとすると神威エナジーが暴れ回る感じになって、どうにもならなかったよ」


「それは神威エナジーの制御力が足りないという事なの?」

「そうみたいだ。自分でも頑張ったつもりなんだけど、制御力が神の領域に達しないと難しいかもしれない」


 それを聞いたアリサが納得したように頷いた。

「神のパワーである神威エナジーなら、そういう事もあるかもしれない。でも、諦めた訳じゃないんでしょ?」


 俺はニヤッと笑った。

「たぶん、死ぬ瞬間まで諦めないだろうと思う」

 それを聞いたアリサが感動したような顔になる。ただそれは一瞬で、次の瞬間には鋭い視線を俺に向けてきた。


「魔装魔法は、早い段階でギブアップしたみたいだったけど」

「そ、それは……人間、何でもできる訳じゃないと悟ったんだよ」

 俺だって人間だから得意不得意がある。だが、邪神や巨獣に関する事で諦めるつもりはなかった。


 アリサの笑い声を聞きながら、タンパダンジョンについて思い出していた。タンパダンジョンと言えば、アメリカの巨獣討伐チームが、龍蛇アジ・ダハーカを倒した特級ダンジョンだ。


 もし、アメリカがベヒモスに気付けば、また討伐チームを派遣するかもしれない。そうなれば、またベヒモスが移動してしまうだろう。今回は浅い九層だから良かったが、別のダンジョンの三十層とか四十層になると、そこまで辿り着くまでに一年くらい掛かる事も考えられる。


「まずは、<空間圧縮>を使った魔法を創るしかないな」

「どんな魔法にするの?」

「そうだな。まずベヒモスの頑丈な肉体に、攻撃を食い込ませなければならない」


 ベヒモスの表面に命中した時に<空間圧縮>を起動させた場合、その位置を中心として直径五メートルの球形空間を圧縮する事になる。それはベヒモスの肉体を半径二.五メートルの深さまで抉る事になるが、ベヒモスは全長五十メートルの化け物で、再生能力も強力そうである。致命傷にはほど遠いダメージだ。


「ベヒモスの体内に直接放り込むという事はできないの?」

 アリサが尋ねた。

「<跳空>の特性の事を言っているんだと思うけど、そう考えて創った『スキップキャノン』も通用しなかったからな」


 俺とアリサは話し合い、D粒子と神威エナジーを使った魔法を創る事にした。D粒子で細長い円錐形の砲弾を作り、その中に神威エナジーを詰め込んで発射するというものだ。


 D粒子に付与する特性は、D粒子一次変異が<空間圧縮><消音>、D粒子二次変異が<貫穿><分散抑止><ベクトル加速><ステルス>にした。<消音>と<ステルス>でステルス機能を与え、<ベクトル加速>の効果と神威エナジーを推進力とする事により、計算上では音速の二十五倍にまで加速するはずだった。


 『圧縮貫通弾』と名付けた砲弾には、<空間圧縮>の特性も付与しており、ベヒモスに命中して肉体の内部に潜り込んだら、砲弾内部の神威エナジーを使って直径五メートルの球形空間を圧縮する仕掛けになっている。


 これはベヒモス専用の魔法になる。他の魔物にも使う事はできるが、たぶん魔物の肉体を貫通するはずなので、<空間圧縮>が起動するのは貫通した後になってしまう。


 俺とアリサはベヒモス用魔法を試すために鳴神ダンジョンへ向かった。岩山を相手に試すつもりなのだが、鍛錬ダンジョンの岩山は小さなものばかりなので、鳴神ダンジョンを選んだのだ。


 鳴神ダンジョンの二層にある峡谷エリアには、高さ五十メートル以上もある岩山がある。その岩山を的にしてベヒモス用魔法を試す事にした。


「ねえ、空間ごと圧縮された物質というのは、どうなるの?」

 アリサの質問に、俺は首を捻った。

「さあ、やってみないと分からないな」


 という事でやってみる事にした。『神慮』の躬業を使って二次人格を作り、神威エナジーを手に入れる。そして、大きな岩山に狙いを定めてベヒモス用魔法を発動した。


 D粒子により圧縮貫通弾が形成され、特性が付与されると内部に神威エナジーが注入された。実際はここまで一瞬の事で、次の瞬間に注入されなかった神威エナジーを使って圧縮貫通弾が加速された。


 オムニスガンの鬼神弾はライフル弾ほどの大きさなので、衝撃波が発生しても大した影響はなかった。今回の圧縮貫通弾は空気抵抗を考えた形状になっているので、衝撃波の発生が抑制されている。


 瞬時に岩山に命中した圧縮貫通弾は、大きな岩山を貫通して背後にあった別の岩山上部にめり込んだ。そこで直径五メートルの球形空間が圧縮される。その中の物質は凄まじい力で圧縮されたので加熱してプラズマ化する。太陽内部のような圧力と高温により、岩の構成原子がプラズマとなったのだ。


 次の瞬間、魔法が解除されて圧縮されていた空間が元に戻る。但し、内部のプラズマ化した物質は空間ほど強靭ではなかった。圧縮していた力が消えると、プラズマが急激に膨張して爆発した。


 背後の岩山が噴火したように爆発し、プラズマが飛び散った。

「きゃああ」

「うわっ!」

 爆風が襲ってきて思わず叫び声を上げた。俺が考えた威力を完全に上回っていた。これならベヒモスを倒せるかもしれない。


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