第800話 ベヒモスの脅威

『ベヒモスです』

 メティスの声が頭の中で響いた。俺は多機能防護服のスイッチを入れると『神慮』の力を使って二次人格を作り出す。


 その瞬間、ベヒモスの全身から神威エナジーが溢れ出して周囲を威圧する。胸が苦しくなるようなプレッシャーが、俺の心臓を握り潰そうとする。


 ベヒモスは自分自身に絶大な自信があるようだ。王のような風格を纏って目の前に立っている。全長五十メートルの巨体というだけで迫力があるのに、その巨体に神威エナジーを満たしている姿は、神か悪魔を連想させるほどだった。


 俺が立ち上げた二次人格が神威月輪観の瞑想を行い始め、その御蔭で神威エナジーが全身を巡り始める。すると、ベヒモスから受けていたプレッシャーが弱くなった。


「為五郎は影の中へ、エルモアは一緒に戦うぞ」

『了解しました』

 為五郎が影の中に跳び込んだ。俺はオムニスブレードをエルモアに渡した。エルモアは体内の収納リングから、オムニスシールドを取り出した。オムニスシールドはエルモアに預けていたのだ。


 ベヒモスは口から伸びている牙に神威エナジーを集め始めた。

「ヤバイ攻撃が来る」

 俺は右に走り出し、エルモアは左に飛ぶように走り出す。ベヒモスの顔が俺に向けられ、口から伸びた牙が薄っすらと光り始める。


 最大級の危険を感じた俺は、『フラッシュムーブ』を発動してベヒモスの脇腹に回り込むように高速で移動。その瞬間、ベヒモスの牙から神威エナジーの衝撃波が撃ち出された。


 それは螺旋状に渦を巻きながら俺に向かって来る。しかも進路にある土砂を巻き込んで地面に溝を掘りながら直進する。一目で凄まじい威力があると分かった。その神威エナジーの衝撃波は、俺の少し後ろを通り過ぎて近くの山へと命中した。


 命中した山が、衝撃波が内包するエネルギーに耐えられずに爆発し、半分から上が吹き飛んだ。寒気がするほどの威力だった。それを見た俺は青褪める。


 ここまで爆風が届き、俺の身体をよろけさせて髪を掻き乱す。こんなのを連発されたら終わりだと感じた俺は、神剣ヴォルダリルを掲げるとベヒモスに向けて振り下ろす。神剣から絶大な力を内包した神威飛翔刃が飛ぶ。ベヒモスは素早い魔物ではないので、神威飛翔刃を避ける事はできなかった。


 ベヒモスは避ける必要など感じなかったのかもしれない。絶大な威力があると思っていた神威飛翔刃が、ベヒモスの肉体を切り裂けなかった。但し、ベヒモスが無傷だった訳ではない。胴体に命中した神威飛翔刃は八メートルほどの浅い傷を巨体に刻んでいた。ベヒモスにとっては掠り傷に等しいだろう。


 俺は『フラッシュムーブ』を使って移動しながら、何度か神威飛翔刃で攻撃した。だが、あまりダメージを負わせられない。邪神との戦いにも使われた神剣なので、これくらいの威力しかないとは思えない。神剣ヴォルダリルの使い方が間違っているのかもしれない。


 この事はベヒモスのプライドを刺激したようだ。ベヒモスが怒りの咆哮を上げる。その中に苦痛という感情は一片も含まれておらず、純粋な怒りだけが込められていた。


 内臓が冷たくなるような恐怖を味わう。ベヒモスは上に目を向け神威エナジーを上空に向かって放ち始めた。すると、上空に真っ黒な雲が湧き起こり、その雲が広がり上空を覆い尽くす。


 このままベヒモスを自由にさせてはダメだと感じた。俺は『スキップキャノン』を発動し、ベヒモスをロックオンしてスキップ砲弾を撃ち出す。そのスキップ砲弾はベヒモスに向かって飛び、途中で亜空間へと消える。その直後、奇妙な感覚を覚えた。


「これは魔法が跳ね返された?」

 俺とスキップ砲弾は感覚が繋がっていた。あまりにも高速なので操縦する事はできないが、失敗した時は感じるのだ。スキップ砲弾は亜空間からベヒモスの体内に飛び込もうとして神威エナジーに跳ね返されたらしい。


 ベヒモスが俺に視線を向けた。攻撃する気だと分かったので、二次人格が導いてくる神威エナジーを使って『神威結界』を発動する。俺の周囲に神威エナジーの結界が展開された。


 その直後に上空を覆っていた黒い雲から稲妻が飛び出し、俺に向かって落ちてきた。それも一本や二本ではなく、纏めて十数本の稲妻が閃いて宙を駆け下り落雷する。


 俺が展開した結界に雷が命中し、落雷の音が重なってドドドドーンという轟音が響き渡った。凄まじい雷の攻撃だったが、『神威結界』により展開した結界は耐えきった。


「これって、普通の雷じゃないな」

 展開した結界がビリビリと震えていた。神威エナジーで展開した結界なので、普通の雷ならビクともしないはずなのだ。あの雷の攻撃がもう少し続いたら、危なかったかもしれない。


 エルモアが背後に回り込んで跳躍すると、オムニスブレードのエナジーブレードでベヒモスの尻を斬り付けた。結果、深さ一メートルほどの傷が刻まれる。


 その直後、ベヒモスが頭に生えている毛を神威エナジーで飛ばす。空中のエルモアはオムニスシールドのスイッチを入れて神威シールドを展開。そのシールドは命中したベヒモスの毛を跳ね返す。但し、その反動でエルモアの身体が後ろに弾き飛ばされた。


 それを見た俺は『神威閃斬』を発動し、神威エナジーの棒であるエナジーラインを極超音速で飛ばす。衝撃波を発生させながら飛翔したエナジーラインは、ベヒモスの胴体に食い込んだ。しかし、強烈な抵抗に遭遇して五メートルほど食い込んだところで止まる。


 初めてベヒモスの身体から血が噴き出した。だが、致命傷にはほど遠い。今回はベヒモスも苦痛を感じたようだ。ベヒモスは神威エナジーを放出して上空に送り込み始めた。またあの雷を発生させるつもりのようだ。


「エルモア、戻ってこい」

 俺は撤退する決心をした。エルモアが戻って影に跳び込むと、俺は『フライトスーツ』を発動して飛び上がった。上空の黒い雲からゴロゴロという音が聞こえてくる。


 危険を感じた俺は階段に向かって飛んだ。戦っている間に階段から五百メートルほど離れていた。高速で飛んでいる途中に、あの雷が降り注いできた。俺は避けるためにジグザグに飛ぶ。俺のすぐ傍を雷が走り抜けて地面に落下して轟音を響かせ地面が爆発する。


 まずい、最初の雷より威力が増している。俺は必死にジグザグで飛びながら階段に飛び込んだ。そして、一気に階段を上がると四層の森を飛んで三層への階段に辿り着き、着地して階段を駆け上がる。


 そこで気配を探った。ベヒモスが追ってくるような気配はなかった。

「逃げ切ったか」

 俺は『魔物探査球』を取り出してベヒモスの位置を探し、まだ五層に居る事を確認した。それをメティスに伝える。


『ベヒモスが追ってこないのは、階層を移動するのが簡単ではないからでしょう』

 今のうちに脱出した方が良いようだ。俺は急いで一層へ向かった。


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