第790話 『覚醒の間』

 神殿の通路を通って奥に行くと金属製の扉があり、その扉の中央に鍵穴があった。その扉の向こうが『覚醒の間』に違いない。


「冒険者ギルドから預かった鍵で開けるんだな」

 俺はダンジョンに入る時に、職員から鍵を預かっていた。ダンジョン前に居た職員は、鍵の管理をする役目だったようだ。


 その鍵を鍵穴に差し込み捻るとカチリと音がして扉のロックが解除された。為五郎は扉の前で立番をさせ、俺とエルモアが中に入った。


 『覚醒の間』は壁も天井も真っ白な部屋だった。床だけは黒く、床の中央に大きな砂時計が置かれている。その砂時計をひっくり返した時から、特別な効果が始まるらしい。


 俺は砂時計をひっくり返した。その瞬間、四方の壁と天井が光り始める。すると、頭の中が冴え渡るような感覚を感じた。通常の脳の状態は霧が充満しているようにもやっとしており、考える事に多くのエネルギーを必要とする。だが、今は高い山の頂上から下界を見下ろすような感じがする。


 それに脳内にエネルギーが満ち溢れていた。

「メティス、何か変化を感じるか?」

『いいえ、どうやら人間だけに効果があるようです。グリム先生はどうです?』

「頭の中がエネルギーに満ち溢れている。何でもできそうな気がするよ」

『でしたら、第一の課題である生活魔法使いが、邪卒を効率的に倒す手段を考えましょう』

「そうしよう」


 頭の中に邪卒の情報を列記する。そうすると、簡単に答えが閃いた。邪卒の能力で厄介なのは周囲に展開するバリアのようなものと、魔法を弾く武器である。


 生活魔法使いが放った魔法を武器で弾けなくすれば良いという結論に達し、それには<ステルス>と<ベクトル加速>の特性を使えば良いと考えた。魔法のスピードを時速五百キロまで高めた上に、<ステルス>の特性で魔力とD粒子が感知されなくなる。


 但し、大気中を高速で飛翔するので音は発生する。仕方ないので<消音>の特性を開発しよう。これで心眼のような躬業か予知のような能力がなければ、感知できなくなる。


 邪卒のバリアは、命中する直前に聖光を放ち始めて時速五百キロのスピードで命中すれば貫通する事ができるだろう。そのバリアを貫通して邪卒の肉体に当たったら、<分子分解>の特性を付与したD粒子を<爆轟>によって爆散させる。これなら一撃で仕留められなくても大ダメージを与えられる。


 これだけの特性を付与したら、習得できる魔法レベルは『20』を超えるはずだ。だが、俺の頭脳は冴え渡っている。魔法の構造を整理する事により、習得できる魔法レベルを下げる方法が閃いた。


 その方法を『魔法構造化理論』と名付け、メティスに説明した。メティスはすぐに理解したようだ。俺がメティスに説明したのは、『覚醒の間』から出た後に『魔法構造化理論』の細かい部分を忘れた場合を想定したからだ。


 『魔法構造化理論』により、新しい魔法は魔法レベルが『15』くらいで習得できる魔法になるだろう。魔法名は『ホーリーファントム』とし、D粒子で形成される投射体は『ホーリー幻影弾』と名付けた。


『次は巨獣ベヒモスを倒すための生活魔法です』

 俺は砂時計に目を向けた。落ちた砂は三分の一ほどである。

「時間が惜しい。巨獣ベヒモスを倒す生活魔法を考えよう」


 まずベヒモスが巨体に神威エナジーを満たしている場合、どれほど防御力があるか計算してみた。普段ならこんな計算など考え付きもしないのだが、おおよその計算方法が閃いた。


 その結果、『神威閃斬』でも浅い傷しか負わせられないと分かった。

「やっぱり『神威閃斬』は、巨獣ベヒモスに通用しないようだ」

『どうしますか?』

「そうだな……」


 神威エナジーは次元を超越して作用する意思を持つパワーだ。次元を超越するという意味がいまいち理解できていなかったが、この『覚醒の間』では推測できるようになった。


 理解ではなく推測なのは、圧倒的に次元などに関する知識が不足しているからだ。ジョンソンが所有するジョワユーズは次元断裂刃を発生させ、魔物を切り裂く。同じ事を神威エナジーでできないかと考えた。


 次元断裂刃は、三次元プラス時間軸の俺たちの世界より高次元に存在する三次元空間を引き裂けるパワーを使って刃を形成し、魔物を切り裂いている。


 この結論に達するには、『知識の巻物』を使って得た空間構造の知識が役立った。空間構造の知識は難解で全てを理解できなかったが、ここなら時間を掛ければ理解できそうだ。


 但し、その時間がなかった。砂時計の砂が容赦なく減っている。俺は高次元に存在する三次元空間を歪め圧縮するパワーが存在する事に気付いた。重力に似たようなパワーだが、このパワーによって圧縮された空間は時間の流れが同じらしい。


 大発見なのだが、ベヒモスには関係ない。そこで神威エナジーを三次元空間を歪め圧縮するパワーに変換する特性を創ろうと考えた。


 この『覚醒の間』なら創れそうだと考えた俺は、『痛覚低減の指輪』を嵌めると賢者システムを立ち上げ、特性の開発を始めた。


 お馴染みの苦痛が襲い掛かったが、特性を創るスピードが速いように感じる。<空間圧縮>の特性が出来上がった。この特性を使った魔法なら、相手の肉体が神威エナジーで溢れていようと空間ごと圧縮して破壊する事ができるだろう。


 砂時計を見ると残り時間が少ない。

『特性が完成したのですか?』

「<空間圧縮>の特性は完成した。もう少し空間構造について調べてみたいんだけど……」


 メティスと話しているうちに砂時計の砂がなくなり、『覚醒の間』の外に放り出された。その瞬間、頭の中に霧が噴き出して満ち溢れていたパワーが消失したのを感じる。


 それは凄い喪失感だった。知能が急激に落ちたように感じ、まるで釣り針の餌に食いつく魚になったような気分だ。つまり『覚醒の間』に居た時と外では、知能にそれほど落差があるという事だ。


「こんな事なら、アリサと天音も連れて来るんだった」

 『覚醒の間』の効果がこれほど素晴らしいと分かって後悔した。だが、今更言っても仕方ない。地上に戻ったら予約を入れよう。


 地上に戻る前に、『覚醒の間』の扉にもう一度鍵を差し込んで開けようとしたが、ダメだった。やはり一度地上に戻らないと、鍵を開けられないようだ。


 俺たちは地上に向かって出発した。


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