第766話 地獄谷

「魔物が蟻のようだ」

 俺の呟きが聞こえたアリサが鋭い視線を俺に向ける。

「変な事を言っていないで、どうするの?」

「二人は魔力が尽きるまで下のドラウグオーガを攻撃してくれ。その後、俺が神剣ヴォルダリルで殲滅する」


「なるほど、下のドラウグオーガもレベル上げに利用しようと言うのね?」

 アリサはすぐに理解したようだ。

「そういう事なら」

 由香里が不変ボトルを取り出して万能回復薬を飲み、魔力の回復を行う。アリサも同じように魔力を回復した。


 俺は神剣ヴォルダリルを取り出して二人が魔法を放つのを待つ。アリサは『トーピードウ』を選んで発動し、D粒子魚雷を下に向かって放った。一方、由香里は『エリアターンアンデッド』を発動し、五十匹ほどのドラウグオーガを攻撃した。


 地獄谷で激しい爆発音が響き渡り、十数匹のドラウグオーガが吹き飛んだ。由香里の『エリアターンアンデッド』は下まで届いたが、ダメージを与えただけでドラウグオーガを仕留めるだけの威力はなかった。


 アリサと由香里は魔力が尽きるまで魔法を放ち続け、多くのドラウグオーガにダメージを与えた。そして、由香里が先に魔力が尽き、次にアリサの魔法が止まる。


「はあはあ……後はお願い」

 アリサが俺に向かって頼んだ。

「任してくれ」

 俺は神剣ヴォルダリルを構えると、『神慮』の躬業を使って並列思考が可能になる二次人格を立ち上げる。そして、二次人格に神威かむい月輪観がちりんかんの瞑想を行わせて神威エナジーを取り込ませた。


 神剣ヴォルダリルを使った修業をして一つ学んだ事がある。それは神剣ヴォルダリルを制御するには、神威エナジーが必要だという事だ。


 この神剣自体が神威エナジーを放出するので、神威エナジーで形成された刃である神威飛翔刃を放つ事ができる。但し、それは全く制御していない神威飛翔刃なのだ。


 それでも威力は最上級の攻撃魔法に匹敵する。俺は比較するために、まず何も制御しない神威飛翔刃を地獄谷に向けて放つ事にした。


 神剣ヴォルダリルから放出された神威エナジーが長さ七メートルの刃に形成され、振り下ろしたタイミングで下に向かって飛翔する。


 地獄谷の底に命中した神威飛翔刃が土砂を巻き上げて爆発した。近くに居た百匹ほどのドラウグオーガが砕け散る。それだけの威力を持つ爆発が起きた。


「……」

 神剣ヴォルダリルの威力を初めて見た由香里が、目を丸くして見詰めていた。アリサが由香里の肩に手を置いた。


「驚くのは早いよ。神剣ヴォルダリルの威力はまだまだ上があるんだから」

「で、でも、これだけの威力を出す魔導武器なんて凄すぎる」

「当たり前よ。この神剣ヴォルダリルだけは、本当にダンジョン神が使っていた剣なのだから」

 アリサが説明した。


「でも、ダンジョンからは、いろんな神が使用していたという魔導武器が出てくるじゃない」

「それは地球の神話や伝説を調べたダンジョンが、イメージを膨らませて作った武器なのよ。本当の意味で神が使った武器じゃない。まだ仮説の段階だけど知っているでしょ」


 アリサの言った事は、一番有名な仮説である。その証拠として挙げられるのが、同じ名前の魔導武器がダンジョンごとにドロップする事があるという点だった。同じ名前なのに初級ダンジョンで産出したものと上級ダンジョンで産出したものでは、性能が全く違う。


 アリサと由香里が話しているのを聞きながら、俺は自分の身体から溢れ出る神威エナジーと神剣ヴォルダリルから放出される神威エナジーを融合した。こうする事で両方の神威エナジーを制御できるようになる事を発見したのだ。


 俺は聖光をイメージして神剣ヴォルダリルから放出される神威エナジーを律する。神威エナジーは次元を超越して作用する意思を持つパワーである。俺が律した事で神威エナジーに<聖光>に類似する特性が宿った。


 その神威エナジーを刃に形成して地獄谷へ振り下ろす。神剣ヴォルダリルから神威飛翔刃が飛び出して地獄谷の底に命中した瞬間、神威飛翔刃が強烈な聖光へと変化した。


 長さ二キロほどもある谷全体に聖光が広がり、全てのドラウグオーガを包み込んで浄化した。ドラウグオーガは聖光の中で苦しみ始め、光の粒となって消える。


「そんな……」

「……」

 アリサと由香里は言葉を失い、地獄谷の底を見た。そこには一匹のドラウグオーガも居なくなっていた。その時、二人が変な顔になる。どうやら魔法レベルが上がったらしい。


 アリサが俺に顔を向ける。

「何をしたの?」

「神威エナジーを聖光に変えたんだ。アンデッドには効果的だと思ったんだよ」


 それを聞いた由香里が頷く。

「その通りだったみたいですね。……でも、凄すぎです」

「それじゃあ、地獄谷に下りて調査しよう」

 俺たちはホバービークルに乗って地獄谷の底まで下りた。底でホバービークルから降りた俺たちは歩いて調査する事にした。


 谷底はところどころに草が生えているが、全体的には茶色の土だった。俺たちは『マジックストーン』を使って魔石を集めながら、地獄谷の奥へと進んだ。


「これだけの赤魔石が一気に手に入るとは、効率がいいな」

 たぶん全部を集めれば二億円ほどの価値になるだろう。

「由香里は魔法レベルが上がったの?」

「ええ、生命魔法の魔法レベルが『17』になったの。これからは生命魔法使いと名乗る事になるみたい」


 由香里が先日『16』になったばかりなのに、今回のドラウグオーガ退治で魔法レベルが上がったのは、一度に何百ものアンデッドにダメージを負わせた事が原因だろう。ただダメージを与えるだけでは、魔法レベルが上がる事はなかったはずだ。きちんと仕留める者が居たので、効率が良いレベル上げになったのだ。


 由香里は生命魔法の魔法レベルが一番高くなったようだ。

「アリサも魔法レベルが上がったんでしょ?」

「生活魔法の魔法レベルが『21』よ。久しぶりに体内でドクンという音を聞いたわ」


 アリサは生活魔法の魔法レベルが『11』と『8』である姫川と咲希の二人と一緒に中級ダンジョンで活動していたので、中々魔法レベルが上がらなかったのだ。


 アリサが『マジックストーン』で魔石を集めた時、魔石と一緒に指輪が飛んで来た。

「何の指輪?」

 由香里が尋ねた。アリサは『アイテム・アナライズⅡ』で鑑定した。

「この指輪は『一日に三百本の毛が抜ける指輪』ね」

「呪いの指輪じゃない」


 それを聞いて俺は笑い出した。久しぶりに呪いの指輪に当たったからだ。

「これ、どうする?」

 アリサが俺に尋ねた。

「何かに使えるかもしれないから、保管しておいたらいい」

 アリサと由香里は首を傾げた。何に使えるのか想像できなかったのである。


 俺たちは谷の奥へと進む。谷の崖部分は様々な岩や堆積物が積み重なった地層となっている。

「グリム先生、あれは何でしょう?」

 由香里が崖の一部に大きな亀裂が走っているのを見付けて尋ねた。


「ちょっと調べてくる」

 俺は『フライトスーツ』を発動して亀裂のところまで飛んだ。その亀裂は突き出た岩の下にあるので、上からは見えない位置にあった。


 亀裂を覗き込むと、奥に通路のようなものを発見した。もしかすると、ここがハセヌ鬼王の埋葬地かもしれないと考え、本格的に調査する事にした。


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