第707話 母神スパイダー
俺は着地してから『フライトスーツ』の魔法を解除し、初級治癒魔法薬を取り出して一気に飲み干す。すると、喉から胃に流れ込んだ魔法薬が、体全体に広がるのを感じた。薬の成分が人間の臓器に吸収されるというのではなく、魔法薬に接した細胞の中に薬に秘められていたパワーが広がるという感じだ。
その御蔭で痺れた手足が元の状態に戻った。黒竜フェルニゲシュに目を向けると、少し離れた場所に着地してうずくまっている。フェルニゲシュくらいなら、『フライトスーツ』の防御力だけで十分だと思っていたのだが、それは思い上がりだったようだ。
『マナバリア』を発動し、D粒子マナコアを腰に巻く。そして、フェルニゲシュに近付いた。その時、黒く長い首をもたげたフェルニゲシュが、口を大きく開ける。
「それは二度とゴメンだ」
俺は前面に魔力バリアを展開する。フェルニゲシュの口から放たれた衝撃波を、魔力バリアが撥ね返した。
フェルニゲシュが諦めて衝撃波ブレスをやめた直後、俺は『フラッシュムーブ』で間合いを詰め『ニーズヘッグソード』を発動し、拡張振動ブレードを振り下ろす。拡張振動ブレードは黒く凶悪な顔面を真っ二つにした。
ホッとした俺は、深く反省した。今回の戦いで油断があったと気付いたからだ。小型のドラゴンだったので、バリア系の魔法を用意せずに戦い始めたのは、間違いだった。用意しておけば、衝撃波ブレスは防げたのだ。
五層で財宝を得た事で
倒れた主が消えると、ドロップ品が残った。白魔石<小>と槍、それに斧である。マルチ鑑定ゴーグルを取り出し、槍を調べていると『魔槍ルイン』と表示された。ケルト神話に登場する太陽神ルーが持っていた槍で、魔力を流し込むと、灼熱の帯と呼ばれるものを放つ魔導武器らしい。
魔槍ルインは神話級の中でもメジャーに分類される魔導武器らしい。神剣グラムと同等という事だ。槍としての貫通力も凄まじく、鑑定で分かった情報が正しければ戦車の装甲も貫けるらしい。
この魔槍ルインはエルモアに使ってもらい、現在使用しているブリューナクとゲイボルグのどちらかをバタリオンで貸し出す事にしよう。
『斧は魔導武器なのでしょうか?』
俺はマルチ鑑定ゴーグルで斧を調べた。すると、『
その後、黒竜フェルニゲシュが棲み着いていた山を探すと、七層への階段が見付かった。その階段を下りて七層に到着。この七層は湿原地帯で、小さい沼と湖が多い。
『ここの主は、巨大な
メティスがそう聞いたのは、ここは主と戦わなくても階段から八層へ下りられるからだ。階段から少し離れた場所に巨大蛙が居るのである。
「無駄な戦いはやめておこう」
俺はホバービークルで階段まで飛び、戦いを避けて八層へ下りた。八層は広大な草原だ。ハンターサウルスやキュクロープスが棲み着いているらしいが、わざわざ戦う事はないだろう。
九層への階段の位置は分かっている。草原の反対側に窪地があり、その真ん中に階段があるらしい。ただ窪地には、メタルスパイダーの群れと母神スパイダーが居るという。
メタルスパイダーは蒼銀ほどに頑丈な外殻を持つ二メートルほどの蜘蛛の魔物で、母神スパイダーというのは、全長二十メートルほどもある蜘蛛の化け物である。
この母神スパイダーは信じられないほど頑強な上に魔法耐性が非常に高く、『ブラックホール』でも仕留められなかったそうだ。
俺はホバービークルで窪地近くまで飛んで、それから徒歩で窪地に近付いた。窪地の縁から下を覗くと、金属のような光沢を持つメタルスパイダーの群れと、階段の横に立っている巨大な蜘蛛の姿が見えた。
『八層は攻略されていると、資料にありましたが、主は倒していないようです』
冒険者ギルドの規定では、階段を発見したら攻略となるようだ。
「メタルスパイダーも、五十匹以上居るみたいだから、九層へ行くのを諦めたんだろう」
『どうやって倒しますか?』
俺は窪地の中に居る魔物たちを見て顔をしかめる。
「メタルスパイダーが邪魔だな。先にこいつらを殲滅しよう」
俺は影からエルモアを出し、オムニスブレードを渡した。オムニスブレードには、俺が神威エナジーを充填しているので、しばらくの間ならエルモアでも使えるだろう。
そして、俺は多機能防護服のスイッチを入れてから『クラッシュサーベル』を発動する。これにより形成された空間振動波の刃である自在振動ブレードは、三分間は維持される。
俺の合図で窪地に突撃した。それに気付いたメタルスパイダーたちが、わらわらと向かって来る。それらを自在振動ブレードで薙ぎ払う。
エルモアの方を見ると、八メートルにまで伸ばしたエナジーブレードでメタルスパイダーを薙ぎ払っている。母神スパイダーも攻撃してきたが、その攻撃は避けてメタルスパイダーに攻撃を集中した。
飛び掛かってくるメタルスパイダーの胴体を、自在振動ブレードで薙ぎ払い真っ二つにする。そして、近付いてくる母神スパイダーを見て、自在振動ブレードを振り下ろす。普通なら母神スパイダーの体が切り裂かれるはずなのに、凄い抵抗力を感じて自在振動ブレードが止まった。
「空間振動波まで、防ぐなんて巨獣並みだな」
巨獣ジズも空間振動波に対して強い抵抗力を持っていた。それを思い出したのだ。母神スパイダーが巨大な足で俺を踏み潰そうとする。それを五重起動の『カタパルト』で避ける。
『カタパルト』で放り投げられた俺の落下地点には、メタルスパイダーが居た。そのメタルスパイダーを自在振動ブレードで切り裂いて着地する。
母神スパイダーから逃げながらメタルスパイダーの掃討を続け、やっとメタルスパイダーを全滅させるのに成功した。
「よし、母神スパイダーを倒すぞ」
俺の声にエルモアが頷いた。母神スパイダーは俺とエルモアを追い掛け、暴れ回っていた。偶に味方のメタルスパイダーを踏み潰していたので、かなり興奮しているのだろう。
母神スパイダーは俺たちがメタルスパイダーを全滅させたので、激怒しているようだ。俺は母神スパイダーを見上げた。
「お前だって、踏み潰していたじゃないか」
一応無駄だとは分かっているが、ツッコミを入れてみる。
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