第704話 ウィング競技会

 最近のシュンは、ダンジョンにも行かずにウィング競技会の準備に走り回っていた。

「はあっ、何でこんな大変な事になっているんだ?」

 シュンが愚痴を零すと、手伝っていたタイチが笑う。

「自分で言い出した事だろ」


 ウィング競技会をしようと提案したのはシュンである。だが、こんな大規模な競技会にするつもりはなかった。参加者二十人ほどの小規模で行うつもりだったのに、テレビがテコ入れして大掛かりなものに変えてしまった。


「テレビが全国から出場者を集めたから、訳が分からないうちに規模がデカくなっちまった」

「出場したいと言ってきた者を、断る訳にはいかないだろう」

「そうだけど、百人を超えるなんて、思ってもみなかった」


 出場者は百人と少しだが、この競技会を見たいという者も多く、そのための客席も用意しなければならなくなった。それを用意するための資金は、グリムが出す事になった。生活魔法の宣伝になると考えたのだ。


 客席はダム湖沿いの道路の下にあるほとりに簡易的な観客席を作る事になった。用意が終わり、競技会の当日になると大勢の人々が集まった。


「盛大ね。テレビも来ているじゃない」

 アリサがシュンに近寄り声を掛けた。

「グリム先生は来ないんですか?」

「日本のA級冒険者は、東京に呼ばれたみたい」


 シュンが首を傾げて質問した。

「誰が呼んだんです?」

「冒険者ギルドの慈光寺理事長よ。でも、実際に用があるのは、政府みたい」

「残念だな。先生にも見て欲しかったのに」


 そう言ったシュンは、アリサを用意していた客席に案内した。その近くにはテレビ局のクルーも来ており、準備をしている。


 ウィング競技会は、ジービック魔法学院の鬼龍院校長の挨拶で始まった。ダム湖には長方形になるように四本の棒が立てられており、その長方形の短い辺が百メートル、長い辺が五百メートルになっている。


 最初の競技は、長方形に並んでいる棒を利用した五百メートルの飛行競技である。陸上競技なら短距離走になるだろう。この競技では低空を飛ぶ事になっており、スピードが最高になれば湖面に水飛沫みずしぶきが上がる。


 最初の十人がスタートラインに着いた。そして、スターターピストルの合図で一斉に飛び始める。D粒子ウィングのスピードが上がると湖面に水飛沫が上がり始め、見ている者もスピードが上がったのが分かる仕掛けだ。


「行け行け!」「頑張れ!」

 多くの観客の間から応援の声と歓声が上がる。そして、飛んでいる時の姿勢やD粒子ウィングを的確に制御する技術により、その差が広がりゴールを飛び越えた。


 技量が様々な参加者たちが参加している競技会なので、大きな差がついた。そして、見応えのある勝負となり、観客も盛り上がったようだ。ちなみに、三位の者までが準決勝に進む事になる。


 競技が進むに連れて、盛り上がってきた。それを撮影しているテレビ局のクルーも興奮している。スピード競技だが、見応えがあったからだ。


 そして、アクロバット飛行に競技が進むと、制御を失って湖面に着水する者も居た。宙返りや背面飛行などを行う途中で、集中力が切れたらしい。だが、怪我人はほとんど出なかった。ダム湖の上で行っているからだろう。


 そして、最後のペイント弾を使った模擬戦は、激しいものとなった。この競技のルールでは、ペイント弾が命中した者は『ウィング』の魔法を解除しなければならないという事になっている。つまり落下するのだ。生活魔法使いなので『エアバッグ』を使って落下スピードを調整して着水する事になる。


 盛り上がった競技会は、大成功だった。そして、模擬戦は『旋風落とし』の技を使うシュンが優勝して幕を閉じた。


 観客の間から『凄い』『カッコいい』という声が上がり、生活魔法の宣伝という点に関しては、満点の効果だったようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ウィング競技会が開催されている頃、俺は東京に来ていた。俺の他にもA級の高瀬、後藤、長瀬も呼ばれたようだ。俺たちは冒険者ギルドの日本本部に集められた。そこの会議室で待っていたのは、慈光寺理事長と魔法庁の松本長官だ。


「A級だけを呼び集めるなんて、どういう事なんです?」

 高瀬が二人に質問した。それを聞いた松本長官が頷く。

「実はフランスのヴェルサイユダンジョンの四層に居たレヴィアタンが姿を消したそうなのだ」


 レヴィアタンと聞いて興味を持った俺は、身を乗り出す。

「それはレヴィアタンが、ヴェルサイユダンジョンから、別のダンジョンへ移動したという事ですか?」


「ヴェルサイユダンジョンの別の層へ移動した、という事も考えられるが、別のダンジョンへ移った可能性が高い。そこで日本の上級ダンジョンにある海をチェックする事になった」


 高瀬が鋭い視線を松本長官に向ける。

「それはフランスからの依頼なのですか?」

「いや、アメリカ政府の依頼だ」

「アメリカは、レヴィアタンと戦うつもりなのでしょうか?」

「おそらくそうだろう」


 俺たちの間で人間がレヴィアタンに勝てるかという話になった。高瀬と後藤は無理だと言い、長瀬は勝てる可能性はあると言う。まだ意見を言っていない俺に、高瀬が視線を向けた。


「グリムはどう思う?」

「レヴィアタンにダメージを与えられる魔法を、用意できれば勝てるんじゃないですか」


 高瀬が『そんな魔法があるのか?』というような顔をする。全長六十メートルの巨獣を倒す魔法、そう考えると『クロスリッパー』や『スキップキャノン』だけで倒せるだろうかと不安になる。


 攻撃魔法だとやはり『ブラックホール』だろうか? 『メテオシャワー』は強力だけど、海中に居るレヴィアタンには効果が弱くなるだろう。


 魔装魔法使いがレヴィアタンを倒すには、地神級以上の魔導武器が必要になる。そんな魔導武器は神剣ヴォルダリルしか知らないが、ヴォルダリルを直すにはレヴィアタンを倒す必要があった。


 慈光寺理事長が咳払いをした。

「話を元に戻そう。君たちにはレヴィアタンが棲み着けるほど巨大な海があるダンジョンを、チェックしてもらいたい」


「なぜ、他の冒険者にも頼まないのです?」

 後藤が疑問に思った事を口にした。

「相手は海中に居るレヴィアタンだ。遭遇した時に逃げられるのは、A級くらいの技量が必要だと考えたのだ」


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