第687話 ハムスター型シャドウパペット

 天音がソーサリー三点セットを作製した後に、ベビーシッター用シャドウパペットの作製が始まった。参加するのは、俺とアリサ、亜美とエルモアである。天音はハムスター用のソーサリー三点セットを注文する者が増えて忙しいらしい。


 まずはD粒子を練り込んだシャドウクレイを大体の形に整える。その作業の大半をエルモアが行った。その時、体内に空気袋を形成する。抱いた時に柔らかな感触があった方が良いだろうという意見が出たのだ。それから俺とアリサ、亜美が細かい部分の調整を行う。


 そして、魔力バッテリーとマジックポーチ、それに殺菌効果付き掃除魔法である『ステリライズクリーン』、周囲の空気から埃・雑菌などを取り除く魔法『エアクリーン』、『パペットウォッシュ』の魔法回路コアCを埋め込んだ。


 色は真っ白に塗装した。最後に魔導コアを組込んでから、仕上げとして魔力を注入する。骨格が形成された後に筋肉が骨を覆い、次に皮膚と美しい毛並みが出来上がる。顔は亜美が調整して、ロシアの猫であるロシアンブルーを連想する顔になった。


 最初の教育はメティスに任せる事にした。その後、プロのベビーシッターに教育させた。言語は日本語・フランス語の二つを教える。そして、ベビーシッター用シャドウパペットは『ジゼル』と呼ぶ事にした。


 ジゼルの教育が行われている間、俺たちはハムスターのシャドウパペットを作製した。大きさは体長二十センチほどである。


 俺は図鑑を開いて、ハムスターのページを探す。その時、コアラのページが目に入った。それからハムスターのページを探して開く。


 ハムスターの姿を目に焼き付けてから、ハムスター型シャドウパペットの作製を始める。全体的な形は満足な形になったが、顔だけが少しおかしい。


「何でコアラに似ているんだ。図鑑でコアラを見た影響か? いかん、修正しなければ」

 俺は顔を修正して、何とかハムスターの範疇に入るものを作り上げた。ソーサリー三点セットを埋め込み、魔導コアを組み込む。


 それから色はどうするか悩んでから、白黒にする事にした。鼻と首から肩、前足、尻と後ろ足を黒のままにして、それ以外を白に塗装してから、魔力を注入して仕上げる。


 顔にコアラの痕跡が残ったが、ちょっとだけなので概ねハムスターだ。メティスはジゼルの教育で忙しいので、俺がハムスター型シャドウパペットの教育をする事にした。名前は『忠次郎ちゅうじろう』である。


 最初は歩くのもヨタヨタしていたが、数日で歩けるようになって後ろ足二本で立ち上がれるようになった。その後、メティスが考案したネズミ語を教えた。『チチッ』『チュー』『キュキュッ』『プー』というハムスターの鳴き声を組み合わせて作ったものだ。


 忠次郎の声は注文通りの可愛い声だった。その声を聞いた亜美が気に入ったようで、天音に女性の高い音域を示すソプラノの声が出るソーサリーボイスを注文したらしい。ちなみに、忠次郎の声はカウンターテノールの声である。


 亜美がソプラノの声を持つハムスター型シャドウパペットを作った。桜色と黒色の斑になるように配色した『さくら』というシャドウパペットである。


 その頃になると、本の執筆が忙しくなった俺は、忠次郎を亜美に預けて訓練を頼んだ。その訓練の中で判明したのだが、ハムスター型シャドウパペットは音楽に反応するようだ。


 テレビからダンスミュージックなどが流れると、テーブルの上で二匹が楽しそうに踊る姿が見られるようになった。そのダンスもテレビで覚えたのか様になっている。


 ある日、昼近くに目覚めた俺は食堂へ入った。朝方近くまで執筆していて遅くなったのである。テレビから軽快な音楽が聞こえてきて、テーブルの上を見ると、音楽に合わせて忠次郎と桜が二匹で踊っていた。


 二本足で立ちステップを踏んでいる。テーブルの上を滑るように踊り、クルクルと回転している。器用なものだと感心していると、今度は歌いだした。


「チッ♪ チッ♪ キュキュッ♪」

「チュケラッチョ♪」

 その歌声を聞いてコケそうになった。唖然とした顔で忠次郎と桜に目を向けると、楽しそうに歌い踊っている。


「いつ頃から、こんな芸ができるようになったんだ?」

「最近ですよ」

 俺が尋ねると、嬉しそうに亜美が答えた。シャドウパペットの可能性は無限大だと感じた。


 そんな事があった数日後、ベビーシッター用シャドウパペットの訓練が終わった。後はフランスのクラリスへ届けるだけだ。


 その届ける役目は亜美が引き受けた。亜美は大学卒業前にフランス旅行を計画していたので、そのついでに届けるという話になった。亜美の旅行目的は、フランスにおけるシャドウパペット産業の研究だそうである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 飛行機に乗った亜美は、フランスの空港に到着した。フランス語が得意な亜美は、迷うことなく賢者エミリアンの屋敷に到着した。


 高級住宅街の一画にあるエミリアンの屋敷は、グリムの屋敷より小さかった。

「フランスの賢者なのに、ちょっと意外ね。でも、大きな屋敷だと使用人が大勢必要になるから、それが嫌だったのかも」

 グリムの屋敷では、多くのシャドウパペットが警備と家事を行っている。


 亜美は執事のような人物に案内されてクラリスのところへ向かった。子供部屋で娘を抱いて幸せそうな表情を浮かべているクラリスの姿が目に入る。


「御出産おめでとうございます」

 クラリスが亜美に視線を向ける。

「あなたはグリム先生のお弟子さんだそうね?」

「はい、慈光寺亜美と申します。グリム先生からの出産祝いを御届けに参りました」


「ありがとう。それでお祝いというのは?」

 亜美は影からベビーシッター用シャドウパペットのジゼルを出した。

「このシャドウパペットは、ベビーシッター用です。育児のサポートにお使いください、という伝言です」


 クラリスは礼を言い、グリムにも礼を伝えるように頼む。それから亜美が、ジゼルがどういうシャドウパペットなのかをクラリスに説明した。


「助かるわ。本当にベビーシッターの代わりができるのね?」

「はい、ジゼルは訓練を受けています」


 グリムが贈ったジゼルは、フランスで有名になった。その御蔭でベビーシッター用シャドウパペットをフランスでも製作しようという動きが始まる事になる。


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