第624話 ジョンソンの帰還

 ホバーバイクに乗ったジョンソンは、三層の海の上を飛び始めた。上昇、下降、右旋回、左旋回と自由自在に飛び回ってみて、益々気に入った。


「こいつはいいな。販売してくれないかな」

 ジョンソンが独り言を言う。下の海は、それほど深い海ではないようだ。上からサンゴ礁や魔物の姿が見える。


 それから五分ほど飛んで一つ目の島が見えてきた。サンゴに囲まれた綺麗な島である。それを通過した後、スピードを落として慎重に進む。グリムが次の島を目指して飛んでいる途中、ジズと遭遇したと言っていたからだ。


 遠くから甲高い鳴き声が聞こえた。ジズだろうと思い、そちらに機首を向ける。そして、上空に巨獣ジズの姿を見た。その時、大怪我をしたハインドマンと帰らぬ人となったオニールの顔が頭に浮かぶ。


 そのせいでブレーキを掛けるタイミングが少しだけ遅くなる。ジョンソンはジズから放たれる覇気を感じ、鳥肌が立った。


「さすが、鳥の王だ。さて、確認は終わったし、慎重に撤収しよう」

 その時、海面からライフルフィッシュが顔を出した。その目はジョンソンに向けられている。


「まさか、こちらに水を吐き出すつもりじゃないだろうな」

 ライフルフィッシュの水鉄砲は、魔法の一種である。その魔法を発動する時、魔力が体外へ漏れ出る。それをジズに気付かれるのが怖い。


 ジョンソンはゆっくりと後退を始めた。それを追うようにライフルフィッシュの目が動く。

「やめてくれよ」

 その時、背後で発生した凄まじい魔力を感じて振り向く。こちらに向かって急降下するジズの姿が目に入った。


「うわっ!」

 ジョンソンは思わず叫んでホバーバイクを加速させた。凄まじい勢いで落ちてくるジズを躱し、ジョンソンは階段へ向かって飛ぶ。


 背後を見ると、ジズがライフルフィッシュを口に咥え呑み込もうとしていた。狙いはジョンソンではなく、あのライフルフィッシュだったらしい。


 巨大魚を呑み込んだジズは、ジョンソンをジロリと見る。巨獣ジズは海の中に立っていた。巨大なジズには、海が浅すぎたのである。次の瞬間、ジズが羽ばたき舞い上がる。


「ヤバイ」

 ジョンソンはフルフェイスヘルメットを取り出して被ると、本気でホバーバイクを加速させ始めた。時速三百キロ以上で飛ばすとなると、ヘルメットは必要だ。


「こういう時、攻撃魔法使いか生活魔法使いだったら、時間稼ぎの魔法を使えるのに」

 ジョンソンの才能は、魔装魔法が『S』、攻撃魔法が『E』、それ以外は『F』というものだ。


 ジズが破砕渦ブレスを吐こうとしていた。それを気配で察知したジョンソンは、ホバーバイクを大きく旋回させる。ジョンソンはぎりぎりで破砕渦ブレスを躱した。


「危なかった。ホバーバイクじゃなかったら、死んでいたな」

 ジリジリとジズを引き離し、ジョンソンは無事に逃げ切った。階段を上り、途中で座り込む。

「これから先の事を考えると、やはり魔装魔法だけじゃダメなのかもしれんな」

 ジョンソンは他の魔法の才能を伸ばすために、積極的に『才能の実』を探す事に決める。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ジョンソンが無事に出雲ダンジョンから戻り、ホバーバイクを返しに来た。

「役に立ちましたか?」

「ああ、ホバーバイクの御蔭で、命拾いしたよ。実験機だと言っていたが、そいつを製造して販売する気はないのか?」


「特殊な金属を使っているので、そんなに簡単に作れるものじゃないんですよ」

「そうなのか、残念だ」

 ジョンソンは、礼だと言ってレッサードラゴンを倒して手に入れたマジックポーチⅠ二個を俺にくれた。


「アメリカは、出雲ダンジョンに討伐チームを送り込むつもりなんですか?」

「たぶん、そうなるだろうと思うが、時間が掛かると思う」

 ジョンソンの話では、早くても二、三ヶ月の準備期間が必要らしい。


 話が終わり、ジョンソンが帰った。

『アメリカのジズ討伐は、難しいかもしれませんね』

「どうしてだ?」

『ジズを倒すには、励起魔力や神威が必要になると思うのです』

 どちらもアメリカの冒険者は手に入れていない。


「それはまだ生活魔法使いが、育っていないからだろう。もう少しすれば、『干渉力鍛練法』を手に入れる者も出てくるんじゃないか」


 レベルの高い生活魔法使いなら、ダンジョンで『干渉力鍛練法』を手に入れる事も可能だろうと思っている。モイラが手に入れたら、励魔球を組み込んだ魔法を開発するだろう。


『アメリカの生活魔法使いが、グリム先生のレベルに追い付くのは、十年ほど先になると思います。今回のジズ討伐には間に合いません』


 生活魔法使いは、ある程度のレベルに達するとシャドウパペット作りを始める者が多いらしい。シャドウパペットが貴重で商売として旨味があるからだという。


 日本でもシャドウパペット工房は増えているので、冒険者を引退してシャドウパペット作りに専念する者も多いだろう。


「そうだ。シャドウパペットのゲロンタを作り直そう」

『唐突ですね』

「ジズを倒した時、そのドロップ品が海に落ちると思うんだ」

『分かりました。そのドロップ品を回収するために、ゲロンタを強くする必要があるのですね』


 少なくともシャークタートルやライフルフィッシュを倒せるほど強化しなければならない。そこでD粒子を練り込んだシャドウクレイを百五十キロほど用意した。


 ゲロンタを分解して魔導コアやソーサリーアイなどを回収する。その後、エルモアに手伝ってもらい、百五十キロのシャドウクレイで大体の形を作り上げた。


 人型に近いが、手足の指を長くして水かきを組み込む。ソーサリー三点セットは高性能なものに替える。これは天音が作製したもので、ある程度の高速戦闘を行えるが、まだ名匠龍島りゅうじまやその弟子の桐生きりゅうが作ったものには及ばないようだ。


 その他にマジックポーチⅠとバッテリー三個、コア装着ホール六個を埋め込んだ。そして、魔導コアを埋め込み、仕上げる前に着色する。


 今回はフランスで新しく開発されたオリーブ色と桜色を使う。胸と顔を桜色にし、その他はオリーブ色にする。使える色の中で、海の中で一番目立たないのはオリーブ色だと考えたのだが、どうだろう?


 顔は今度こそエルフ顔にしようと思ったのだが、俺の造形力では無理だった。仕上がった顔は、幕末の兵学者佐久間さくま象山しょうざんのような顔に――なんでやねん。思わず、大阪弁でツッコミを入れるほど不本意だった。


 顔の件は諦め、水中で戦う事を考えて聖剣エクスカリバーを持たせる事にした。エクスカリバーの切れ味と次元断裂刃なら、水中でも威力を発揮するだろうと考えたのだ。


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