第623話 ジョンソンの来訪
俺が新しい魔法を使い熟す特訓をしていた時、新型飛行装置開発チームから連絡があった。実験機が完成したというのだ。
それを聞いた俺は、研究所へ行った。
「グリム先生、実験機が完成しましたぞ」
開発チームの薬師寺教授が自慢そうに水上バイクのようなものを見せた。その実験機は<重力遮断>と<反発(地)>の特性を付与した白輝鋼を使ったホバーバイクだった。
研究室では<重力遮断>の特性が効果を発揮するかどうかだけを確かめたらしい。実際の飛行実験は、まだ終わっていないという。
「実験する場所が用意できなかったのです」
薬師寺教授が言った。
「それなら
魔法庁の松本長官に政治的に動いてもらい、そのダム湖の使用許可を手に入れたのだ。
早速ダム湖に行く事になり、車で向かう。俺と教授、それに研究員二人がダム湖に到着。収納アームレットからホバーバイクを取り出した。
「気を付けてください」
薬師寺教授の声を聞きながら、ホバーバイクに乗ってシートベルトを締める。それからスイッチを入れた瞬間、無重力を感じた。そして、<反発(地)>の効果でホバーバイクが一メートルほど浮き上がる。
左右のハンドルバーを握った俺は、ハンドルに組み込まれている二つのボタンを確認した。加速ボタンと減速ボタンである。その加速ボタンを押す。
ホバーバイクに組み込まれたエアジェットエンジンが動き出し、前方にあるダム湖に向かって進み始めた。
この実験機には、両側に五十センチほどの小さな翼が付いている。変形ウィングと呼ばれるもので、形を変える事で揚力とダウンフォースを自在に発生させる事ができる。
右のハンドルにあるレバーで揚力が発生するように操作すると変形ウィングの形が変わり、ホバーバイクが上昇を始めた。ダム湖の上でゆっくりと上昇してから、旋回のテストを行う。
旋回はハンドルを左右に動かす事で行う。
『こんな小さな翼では、発生する揚力も小さいはずですが、思っていた以上に上昇スピードが速いですね』
「<重力遮断>で重量がゼロになっているからだろう」
風に吹き上げられた木の葉が空高く舞い上がるように、重量のないホバーバイクは、小さな翼から発生する小さな揚力で軽やかに上昇したのだ。
下降も試してみた。変形ウィングが形を変え、ダウンフォースが発生するとホバーバイクが高度を下げ始める。大丈夫なようだ。
ブレーキも確かめて見る。ブレーキは空気抵抗を増やす事で減速するエアブレーキを採用しているが、あまり効かないようだ。ホバービークルと同じように、付与魔法の『フォーストブレーキ』を応用したブレーキに変えた方が良いかもしれない。
いくつか問題点があったが、
ちなみにホバーバイクは改良点を直した後、俺が所有する事になった。教授たちは大量生産して販売すれば、絶対売れると太鼓判を押したが、<重力遮断>と<反発(地)>の特性を付与した金属の製作が問題になるので保留とする。
俺がホバーバイクの試運転をしてから二週間ほど経った頃、アメリカからA級冒険者のジョンソンがグリーン館を訪れた。
食堂に案内して、そこで話を聞く事にした。
「ジズの居場所を、確認に来たんですか?」
「そうなんだ」
「もしかして、ステイシー長官の依頼?」
俺がジョンソンに確認すると、渋い顔をして頷いた。
「あのおばちゃんは、人使いが荒すぎるんだよ」
ステイシーを『おばちゃん』呼ばわりする度胸には感心する。ジョンソンは出雲ダンジョンを探索する時の注意点を聞きに来たようだ。
俺はいくつかの注意点を教えてから、気になっていた点を確認した。
「一層と二層は、大丈夫だと思いますが、三層の海はどうするんです?」
「高速装甲ボートを用意している」
それを聞いて不安になった。高速装甲ボートのスピードは、最高時速二百キロほどだと聞いている。時速三百キロほどで飛べるジズより遅い。追い付かれて、上から破砕渦ブレスを浴びせられたら終わりだ。
「相手はジズですよ。大丈夫ですか?」
「遠くから確認するだけで戻るつもりだから、大丈夫だと思う」
一緒に行こうかと言ったが、一人で大丈夫だと断られた。
「それなら、新しいホバービークルを作製するために作った実験機があるんで、それを貸しましょう」
「へえー、同じものを作るんじゃないんだ」
実験機と聞いて、以前と同じホバービークルを作るのではないと分かったようだ。二人で庭に出ると、猫人型シャドウパペットが走ってきた。
ジョンソンがビクッと反応する。来た時には執事の金剛寺が出迎えたので、警備用のシャドウパペットを見ていなかったのだ。
「心配ない。この人は俺のお客さんだ」
ボクデンが頷いて見回りに戻って行った。
「さすが生活魔法使い、使っているシャドウパペットが多い」
俺がホバーバイクを出して見せると、ジョンソンが目を輝かせた。かなり気に入ったようだ。操縦の方法を教えると、すぐにマスターした。
「面白いな。ありがたく貸してもらうよ。ところで、こいつはどのくらい速いんだ?」
「最高時速は、三百キロを超えると思います」
それを聞いたジョンソンは満足そうに頷いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
グリムと会った翌々日、ジョンソンは出雲ダンジョンに入った。
「ここはレッサードラゴンとブルーオーガか」
ジョンソンは広大な草原を見渡しながら進み始める。ブルーオーガと遭遇したジョンソンは、『オデュッセウスの指輪』に魔力を流し込んで、素早さを三倍ほどに上げて瞬殺した。
魔装魔法使いのジョンソンでさえ、魔力温存のために魔導装備を使う事にしている。但し、魔導装備を使う場合は、魔力を流し込みながら戦う事になるので、精神を戦いに全集中できない。
魔装魔法の場合は、戦いに集中できるので全力を発揮できる。その僅かな差が重要だとジョンソンは思っていた。ただブルーオーガに全力は必要なかった。
一層を通過して二層へ下りたジョンソンは、広々とした荒野を装甲車で縦断して階段へ向かう。途中、ブルードラゴンフライに炎を吹き掛けられたが、逃げ切った。
三層へ下りたジョンソンは、高速装甲ボートで行くかホバーバイクで行くか迷った。
「やっぱりホバーバイクにしよう」
ジョンソンは、ホバーバイクに乗って沖に向かった。
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