第622話 対ジズ用魔法

 見付からないようにゆっくりと後退する。戦わずに逃げられそうだと思った時、ジズの巨大な目が俺に向けられた。俺は『ハイパーバリア』を発動し、励魔球を作る。


 突然ジズが口を開けて破砕渦ブレスを吐き出す。凄まじい励起魔力の渦が俺に迫ってきた。励起魔力バリアを展開した瞬間、そのバリアに破砕渦ブレスが当たる。


 同じ励起魔力をエネルギー源として発動した攻撃と防御である。そのパワーは互角だった。違うのはパワーが及ぶ範囲だけのようだ。励起魔力バリアはわずか半径三メートル周囲だけだが、破砕渦ブレスは広範囲に影響を与えた。


 破砕渦ブレスを防ぎきった俺は『デスクレセント』を発動し、D粒子ブーメランを飛ばした。ジズは攻撃を回避するために軌道を変える。


 俺は階段へ向かって飛んだ。すると、D粒子ブーメランを回避したジズが追ってきて衝撃波を飛ばす。その衝撃波を急上昇して躱すと、飛びながら連続で『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを後方に向かってばら撒く。


 ジズはD粒子振動ボールを躱すために急降下した。そのせいでD粒子振動ボールのほとんどは外れたが、一発だけジズの背中に命中する。


 空間振動波が放射され、ジズの肉体に突き刺さったようだ。しかし、励起魔力で満たされたジズの肉体は、空間振動波の侵入をこばみ、二メートルほどしか突き刺さらなかった。その事を魔法の手応えとして、俺は感じた。


 俺は顔をしかめてから、階段へ飛び込んだ。同じような事が前にもあったな、と思いながらオニールの顔が頭に浮かぶ。


「それほど親しい仲ではなかったけど、死んだと聞くと心が痛む」

 殺した相手が近くに居るから、というのも原因の一つだろう。

『グリム先生、最後の攻撃はもっと強力な魔法を使えば、良かったのではないですか?』


「ジズは大きなダメージを与えると、他のダンジョンに転移してしまうようだから、階段に飛び込む時間を稼ぐだけの魔法にしたんだ」


『なるほど、ジズを出雲ダンジョンで仕留めるつもりなんですね?』

「そうだ。追尾機能を組み込んだ新しい魔法を完成させたら、ジズを倒すつもりでいる」

『ジズの件を冒険者ギルドに報告するのですか?』


「報告はする。場所が海エリアだと教えれば、アメリカも簡単には手を出さないだろう」

 今のアメリカの戦力は魔装魔法使いのジョンソンだけだ。海だと魔装魔法使いは戦えないので、戦力を集めるのも苦労するはずだ。


『魔装魔法にも、飛べる魔法があったと思いますが?』

「ああ、『エアリアルマヌーバー』だろ。あれは短い時間なら空中機動できるという魔装魔法だ。ジズ戦では使えない」


 アメリカが戦力を集めて訓練し、戦えるようになるには数ヶ月の時間が必要だ。その前にジズ戦の準備が終わり、俺とジズが戦う事になるだろう。


 俺は地上に戻り、近くの冒険者ギルドで魔石や金を換金した。その日はホテルに一泊して疲れを癒やし、次の日に渋紙市へ戻った。


 その日のうちに近藤支部長に会って報告した。

「ジズは、出雲ダンジョンの三層に居ました」

 支部長が驚いた顔をする。

「ベヒモスが出雲ダンジョンに居るという噂があるのに、ジズまで出雲ダンジョンに来るとは……」


 出雲ダンジョンにベヒモスが居るという噂だったが、それは間違いだった。アリサが持っている魔物探査球で調べ、地中海に面した国の特級ダンジョンに居ると分かっていたのだ。


 その事は支部長には言わない。どうやって調べたのだという話になるからだ。魔物探査球はバタリオンの秘密という事になっているので、どうやって調べたのか証明できない。


 報告を終えた俺は、グリーン館に戻った。

「お帰りなさい」

 アリサが出迎えてくれた。アリサの横にはチサトが居る。

「グリム先生、お帰りなさい」

「ただいま。チサトちゃんは新しい魔法の勉強?」

「はい、掃除魔法の『Dクリーン』を習っています」

 チサトは楽しそうだった。


 影からシャドウパペットたちを出すと、作業部屋に行って新しい魔法について考え始めた。そこにアリサが入ってきた。


「チサトちゃんは?」

「金剛寺さんを手伝って、お掃除よ。ところで、何を考えていたの?」

「ああ、巨獣ジズを倒せる魔法を考えていたんだ」


「ジズというのは、そんなに強いの?」

「あれは本物の化け物だよ。励起魔力を帯びた羽根で全身を防御しているのが、厄介なんだ」


「クラッシュ系は有効?」

「当たれば有効だけど、機敏に飛び回るんで当たらないんだ」

「それで新しい追尾機能を構築していたのね。でも、また習得できる魔法レベルが高くなりそうね」

 アリサが残念そうに言った。


「巨獣用の魔法だからな。仕方ないよ。問題はどんな特性を使って、ジズを攻撃するかなんだ」

「<空間振動>か、<分子分解>の特性でいいんじゃないの?」

「対巨獣用と考えると、攻撃力が弱い気がする」


「でも、クラッシュ系は有効なんでしょ?」

「励起魔力の防御効果だと思うけど、空間振動波がジズの体内に深く入らなかったんだ」

「空間振動波をある程度防ぐとなると、爆発や熱でも倒すのは難しいんじゃない?」


「そうなんだ。そこで空間を切り離す事ができる<編空>の特性を使おうかと考えている」

「『クローズシールド』のようにドーム型に空間を切り取るついでに、ジズの肉体も切り取るという事?」


「まあそうだ。だけど、ドーム状にするのは無理かな。励起魔力の防御効果を考えると、狭い範囲に力を集中した方がいいと思っている」


 メティスとアリサを含めて検討し、X型の切り込みが入るように空間を切り取る事にした。

「次元断裂刃に似ている気がする」

 アリサがポツリと言う。それを聞いて、どうなんだろうと疑問に思った。


 新しい追尾機能が完成してから、対ジズ用の魔法を完成させる。組み込んだ特性は、D粒子一次変異が<磁気制御><編空><励起魔力>の三つ、D粒子二次変異が<手順制御><演算コア><ベクトル加速><電磁波感知>の四つになった。


 <磁気制御>と<編空>については、励起魔力でも機能するように改造を加える。そして、<編空>には効果を発揮する範囲が俺の周囲だけという制限があったが、励魔球を組み込んで励起魔力を供給する事で、遠くでも機能するようにした。


 この新しい魔法を『クロスリッパー』と名付けた。この魔法が撃ち出す『クロスリッパー弾』は、時速七百キロほどで飛び、目標を追尾する機能を持っていた。


「空中戦で、これを使い熟せるようになったら、ジズ戦かな」

 俺はジズ戦に備えて特訓する事にした。


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