第619話 チサト頑張る
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
「この木のところで救助を待つつもりだったけど、ここはダメみたい」
「どうして?」
「このキノコよ。これはオークが好きな匂いを出すキノコなの」
「そうなんだ。お姉ちゃんは物知りだね」
「アリサ先生に教えてもらっただけよ。それより困ったね。階段がある方向が分かればいいんだけど」
チサトたちの会話にヒロが口を挟んだ。
「お前ら、勝手に話を進めるな。そういう事は大人のおれたちが決める」
イブキがジト目でヒロを見る。
「泣きながら逃げていたのに」
「う、
ヒロは適当な方向を指差し、そっちに進むと自信ありげに言い出す。チサトにもどっちに行けば正解なのかは分からなかったので、従う事にした。
「お姉ちゃん、あのお兄ちゃんを信じていいの?」
イブキが不安そうな顔をして確認した。
「一度くらいは従ってみよう。これでダメなら、二度と信じないから」
ヒロとナナミが先頭を進み、その後ろをチサトとイブキ、それに虎徹が進む。
「お姉ちゃんのセンサーで、階段を見付けられないの?」
イブキが無茶な事を言う。チサトのD粒子センサーの探知範囲は、半径三十メートルくらいである。二年間訓練した成果なので、チサトとしては誇らしく思っている。だが、三十メートルくらいでは階段は見付けられないだろう。
ちなみに、チサトがどうやってD粒子センサーの訓練したかと言うと、アリサが作った『センシングゾーン』の魔法回路コアCを使って、D粒子センサーの感度を上げる訓練したのである。チサトはまだダンジョンに入れなかったので、後で役に立つ訓練をさせようとアリサが考えたものだ。
五匹の蝶型魔物に遭遇した。虎徹が跳躍して蝶を地面に叩き落とし、チサトとイブキが棍棒でトドメを刺した。
この蝶はアゲハチョウのような羽を持ち、顔がゴブリンの顔を小さくしたような鬼の顔をしていた。但し、口だけは蚊の口のように注射器の針のようになっている。
その針を刺して血を吸うという攻撃をしてくる魔物なのだ。姿は蝶だが、デカい蚊だと考えた方が良いとアリサから教わっていた。
チサトたちが蝶型魔物を仕留める様子を見て、ヒロが不機嫌そうな顔をする。
「そんな蝶なんて無視しろ。先を急ぐんだ」
そう言われたチサトは困ったような顔をする。一匹の蝶型魔物がヒロの頭上を旋回しており、明らかにヒロを狙っているのだ。
「でも……」
「でもじゃない。これは命令だ」
チサトは口を
「いっ!」
不意打ちの激痛で青い顔になったヒロが後ろを見る。血を吸っている蝶型魔物を見て悲鳴を上げながら棍棒で叩き落とした。そして、何度も何度も棍棒を叩き込む。
「お姉ちゃん、あの蝶の正式な名前は『吸ケツ鬼』って言うの?」
「変な冗談は言わない」
チサトはヒロの言葉に従ったのは間違いだったかもしれないと思い始めた。ナナミへ目を向けると、恋人のヒロが血を流しているというのに、冷たい視線を向けていた。このカップルは終わりかもしれない。
ヒロは痛みを我慢して先に進んだ。その後ろを付いて行ったチサトたちは崖が見え始めて興奮した。ちなみに、チサトたちがミステリーマニアだから興奮した訳ではない。
あの崖に階段の入り口があるかもしれないと考えたのだ。しかし、その期待は裏切られた。階段の代わりに大きな突貫羊が居たのである。
ゴブリンに恐怖して逃げ回っていたヒロだが、羊は怖くないようだ。たぶん見た目だけで判断しているのだろう。
「今度こそ、おれが倒してやる」
棍棒を手に持ったヒロは、ナナミに良いところを見せようと前に出る。すると、突貫羊がヒロを目掛けて走り出した。
ヒロは突貫羊の突撃を避けながら棍棒の一撃を叩き込むつもりのようだ。避けるタイミングが難しいとチサトは思うのだが、ヒロは大丈夫なのだろうか? それにゴブリンなら棍棒で倒せそうだが、突貫羊が倒せるのだろうか、と不安になった。
突貫羊が迫りヒロが避けようとしたが、一瞬遅れた。完全に避けきれずに突貫羊がヒロの足を突き飛ばす。ヒロは回転しながら地面に落下し転がる。
「ヒロ!」
ナナミが悲鳴のような声を上げる。チサトは虎徹に攻撃の命令を出し、地面に倒れているヒロに近付いた。
ヒロは足が折れたと騒いでいる。チサトは顔をしかめてから虎徹へ視線を向けた。虎徹は突貫羊の後ろ足の付け根に噛み付いていた。突貫羊は虎徹を突き離そうと暴れているようだ。
チサトは暴れている突貫羊に近寄り、時間を掛けて三重起動の『コーンアロー』を発動し、D粒子コーンを撃ち込んだ。D粒子コーンが肩に突き刺さった突貫羊が倒れる。三重起動に成功してホッとしたチサトは、もう一度トリプルアローを発動してトドメを刺した。
「何か飛んで来る」
上を見たチサトは、それがD粒子ウィングに乗った人だと分かると、顔を輝かせる。そして、近付いてくる生活魔法使いがアリサだと確認して大きく手を振った。
アリサがチサトの近くに着陸。
「良かった。無事だったのね」
チサトとイブキはアリサに抱きついた。アリサはチサトの母親からチサトたちが行方不明になったと連絡を受けて、捜索を手伝いに来たのだ。
チサトの目に涙が浮かんだ。それに気付いたアリサはチサトを抱き締めて褒めた。
「頑張ったね。偉いよ」
今回の騒動の元凶であるカップルに目を向けたアリサは、厳しい顔になった。
「あの人はどうしたの?」
「突貫羊の攻撃を受けたんです」
アリサはヒロに近付き、傷の具合を確かめた。本人は折れたと言っているが、脱臼しているだけのようだ。
「脱臼ね。このまま運んで、病院で骨を元の位置に戻せばいいかな」
「嘘だ。これだけ痛いんだぞ」
「大げさなのよ。自分たちの行動が招いた事なんだから、我慢するのね」
アリサの対応は厳しかった。こんな連中に魔法薬なんか使いたくなかったのだ。
それから冒険者ギルドから派遣された捜索隊が来て、ヒロとナナミを連れて行った。
「アリサ先生、一緒に帰らないんですか?」
「せっかくチサトがダンジョンに入ったんだから、ちょっとレベル上げをしようと思うのよ。チサトの魔法レベルはいくつになったの?」
「たぶん『3』になったと思います」
「『3』か、今後を考えると『5』にしておきたいかな。どう頑張れそう?」
「あたしは大丈夫ですけど、イブキが疲れているみたいなんです」
「任せて」
アリサは影から犬型シャドウパペットのベルカを出し、その上にイブキを乗せた。イブキは目を輝かせて喜んだ。体重が百五十キロもあるベルカは、楽々とイブキを運んだ。
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