第617話 チサトとイブキ
フェイロンのドロップ品が他にない事を確認した俺は、丸い形の岩山に掘られている階段を下りて三層へ行った。目に飛び込んできたのは海だった。少し霧が出ているようで、遠くは白くなっている。
『この海には、シャークタートルという魔物が居るようですね?』
「ああ、冒険者ギルドの資料によると、鮫の頭と亀の胴体が結合したような変な魔物らしい」
『防御力は高そうです』
「俺が持っている巨大亀の甲羅と同じくらいの硬さだと聞いている」
巨大亀の甲羅はアースドラゴンのストーンブレスを弾き返すほど頑丈である。それと同等というのだから、その防御力の高さが分かる。
「ここでは海に潜る必要がありそうだ」
『四層へ行く階段が、海の中にあるそうですから、潜水は必須でしょう。魔法か魔道具を考えないといけません』
「『フライトスーツ』の水中版を創るにしても、呼吸をどうするかが問題だな」
『普通にダイビングのエアタンクとレギュレーターでは、ダメなのですか?』
「魔物と戦いになったら、邪魔になりそうだと思ったんだ」
『他の冒険者はどうしているのです?』
「さあ、これから調べてみる」
俺とメティスが海を見ながら話していると、三十メートル先の海面から巨大な魚が顔を出した。
「あれは?」
その瞬間、巨大魚の口から大量の海水が吐き出され、消防車の放水のように俺たちに向かってくる。俺は五重起動の『プロテクシールド』を発動し、D粒子堅牢シールドを展開する。
海水はD粒子堅牢シールドに命中して跳ね返された。為五郎が雷鎚『ミョルニル』を素早く投げる。回転しながら飛んだミョルニルが、巨大魚の頭に命中した。巨大魚は逃げたようだ。
「今のは魔物か?」
『巨大なテッポウウオにしか見えませんでした』
「あれは冒険者ギルドの資料にもなかったな。『ライフルフィッシュ』と呼ぶ事にしよう」
俺たちは地上に戻る事にした。三層の海は、潜水する手段を用意してからだと考えたのである。地上に戻って冒険者ギルドへ行って魔石などを換金してから、ホテルへ行って休んだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
グリムが出雲ダンジョンへ行っている頃、バタリオンのメンバーである
この町はダムや初級ダンジョンくらいしか観光するところがない。ただ中を観光できるダンジョンは日本に三つしかないので、非常に賑わっていた。
水瀬町の初級ダンジョンは、紅葉ダンジョンと呼ばれている。ダンジョン内の森が一年中紅葉しているのだ。元々葉っぱが黄色や赤なのか、それとも紅葉の時期がずっと続いているのかは分からない。
ただ紅葉ダンジョンの景色は、日本で一、二を争うほど綺麗なので観光ダンジョンとして開放されており、冒険者でなくても入れるようになっていた。
但し、冒険者の警護や魔物の間引きが必要なので、その費用を捻出するために入場料が必要となっている。
「チサト、そんなに急がないで」
母親である
「チサト、紅葉ダンジョンへは景色を見に行くだけなんだぞ」
「でも、初めてのダンジョンなんだもん」
アリサやグリムから生活魔法を習っていたが、まだ冒険者ではないのでダンジョンに入る事はできない。
十歳になったばかりのチサトは、スキップするような足取りで先を急いだ。その後ろを弟のイブキが嬉しそうに付いて行く。
紅葉ダンジョンの前には、大勢の観光客が集まっていた。朋美が少し不安そうな顔をする。
「ねえ、紅葉ダンジョンにも魔物が居るんでしょ?」
裕二が大丈夫だというように笑う。
「心配ないよ。ここに棲み着いている魔物は、小さな昆虫型の魔物が多いらしい。一番強い魔物がゴブリンだって言うから、大丈夫だそうだ」
チサトが並んでいる観光客たちを見ると、観光客を八人ほどの人数に分けて護衛の三人の冒険者たちが付いてダンジョンに入った。
「中に入っていく人が、何か持っているよ」
イブキが声を上げた。
「あれは昆虫型の魔物が近付いた時に、追い払う棒だよ」
裕二が教えた。観光客が持っていたのは六十センチほどの棍棒だった。この紅葉ダンジョンは二層しかなく、一層だけが観光客に開放されているのだ。
その一層には五十センチほどの蝶やバッタなどが居て、偶に観光客へ襲い掛かるという。但し、毒は持っておらず、観光客の命に関わるという事故は起きていない。
チサトたちが列に並んで待っていると、順番が来た。入場料を払って棍棒をもらう。この棍棒が入場券の代わりになっているらしい。その棍棒には『
六根清浄というのは、人間の五感に意識を加えたものを清らかにするという意味らしい。チサトは冒険者ギルドの職員から、棍棒を渡された。
チサトたち家族四人とカップルらしい二組が一緒になってダンジョンに入った。護衛は『星空の守り手』というF級冒険者のチームだった。
魔装魔法使いが二人、攻撃魔法使いが一人というチームである。チサトが初めて目にしたダンジョンは、広大な森だった。チサトの腰まで届く下草が生えており、その中に小型の魔物が居るらしい。
虫にしては大きいというだけなので、冷静になって棍棒を振るえば観光客も魔法レベルが上がる事もあるという。
森を冒険者たちに守られて進む。周りは黄色く色付いた葉っぱが屋根のようになっており、その葉っぱの隙間から光が差し込む様子は幻想的だ。
「綺麗……」
チサトは思わず声を出す。チサトだけではなくイブキやカップルたちも感嘆の声を上げている。観光客たちにも蝶の魔物やバッタの魔物が襲い掛かるという事もあったが、棍棒を振り回すと逃げていった。
そのバッタの魔物がチサトの方へ飛んで来た。
「チサト、危ないぞ」
父親の声を聞いて、チサトは笑った。そして、『プッシュ』を発動し、D粒子プレートを『ビッグロウカスト』と呼ばれる大型バッタに叩き付ける。
跳ね返された大型バッタが地面に落下すると、『コーンアロー』を使ってトドメを刺した。魔法レベルが上がるかと期待したのだが、上がらなかったのでガッカリする。
綺麗な紅葉を眺めながら進み、時々遭遇する小さな魔物をキャッキャと騒ぎながら倒す。チサトはダンジョンを楽しんだ。
そして、冒険者たちが運試しをすると言い出した。ちょっとした丘に洞穴があり、そこで宝箱が見付かる事があるらしい。宝箱が復活していたら、その中のお宝をゲットできるという。
チサトたちが洞穴に入ると、冒険者たちが懐中電灯で中を照らし出す。洞穴の奥に宝箱が有った。
「ラッキーですね。宝箱が復活しています」
チサトとイブキが目を輝かせて前に出る。近くで見ようと考えたのだ。その二人を押し退けるように、二十歳前後のカップルが宝箱に駆け寄った。
「凄え、本物だ」
それを見た冒険者たちが慌てた。カップルが宝箱を開けようとしていたからだ。
「待て、罠があるんだぞ」
その声を無視して、カップルが蓋を開けた。その瞬間、宝箱の周りが光り始める。チサトは浮遊感を感じ、イブキの手を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます