第601話 アリサの威圧

 台地の森でのシャドウウルフ狩りを終えたアリサたちは、影魔石を十四個、シャドウクレイ百五十キロを手に入れた。


 怪我をした咲希が疲れているようなので、中ボス部屋でもう一泊してから、地上へ戻る。魔石の換金と十層の中ボスを倒した件を報告するために、ダンジョンハウスで着替えてから冒険者ギルドへ向かう。


 妙義ダンジョン近くの冒険者ギルド支部は、渋紙市の支部よりも小さく受付の数も少なかった。アリサは見回して、誰も並んでいない無精髭を生やした男性の受付に向かう。


 受付の男は寺田というギルド職員で、暇そうにしていた。

「妙義ダンジョンの中ボスを倒した報告に来ました」

「もしかして、十層のレッサードラゴンを倒したというのは、あなた方ですか?」

「そうです」


「『青い冒団ぼうだん』チームから報告を受けています。確認のためにレッサードラゴンの魔石を鑑定させてください」


 アリサはレッサードラゴンの魔石を職員に渡す。すぐに間違いないと確認された。その後、影魔石以外の魔石の換金を頼むと、待つように言われたので三人で待合室のベンチに座る。


「そうだ。この『ホーリーソード』の巻物は、咲希が使って」

「ありがとうございます」

 咲希は嬉しそうに受け取った。そして、使い始めたばかりのマジックポーチに仕舞う。

「良かったら、渋紙市に来てバタリオンに入らない?」


「でも、私の才能は分析魔法が一番ですよ」

 グリーンアカデミカが生活魔法使いが中心になって活動していると聞いていたので、咲希はためらったようだ。


「私だって、分析魔法使いだけどグリーンアカデミカに所属しているのよ」

 アリサは咲希を説得して渋紙市に来る事を承知させた。


「おっ、咲希が帰ってきてるぞ」

 咲希は声を上げた冒険者を見て、嫌な顔をする。ダンジョンに入る時に絡んできた魔法学院の生徒たちだ。


「怪我しているじゃないか。またアタックボアに体当たりを食らったのか?」

「違います」

 咲希が質問した生徒を睨みながら答えた。


「そんな目で睨むなよ。僕は心配して言っているんだぞ」

「そうだ。中級ダンジョンの浅い層で怪我するようじゃ一流の冒険者になれないぞ」

 姫川が厳しい顔で、その生徒を睨む。

「五月蝿いわよ。静かにしてくれる」


 注意された生徒たちが不機嫌な顔になった。その顔を見て、アリサは溜息を漏らす。こういう生徒をよく知っていたからだ。魔法学院の生徒というだけで選ばれた人間になったような気になって、他の人間を見下すような態度を取るアホたちだ。


 どの魔法学院にもそういう生徒は居る。だが、それはほんの一部で、大半は普通の生徒たちである。ただ問題のある生徒は目立つのだ。


「偉そうに……かなり歳上なのに、まだ中級ダンジョンで活動している二流冒険者のくせに」

 生徒の一人が小声で言ったのだが、ちゃんと周囲に聞こえた。


 アリサにも聞こえており、その言葉にムッとする。それ以上に怒ったのが姫川だ。立ち上がって詰め寄ろうとするのをアリサが止める


「こういうアホを、まともに相手するのは疲れるだけです」

 それを聞いた生徒たちがいきり立つ。

「何でおれたちがアホなんだよ?」


「だって、あなたたちは相手の力量も感じ取れないのに、絡んでいるじゃない」

「絡んでいるんじゃない。おれたちは咲希が怪我をしているから、親切に忠告していただけだ」

 仲間たちが賛同して頷いている。しかも、また咲希にダメ出しする


 その様子を見たアリサは、上から目線の態度に腹が立った。

「それが忠告なの? 馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 アリサの怒りがこもった言葉を聞いて、姫川もびっくりした顔をする。普段は冷静なアリサが、こういう声を上げるのは珍しいのだ。


「リザードソルジャーにビビって、ビッグシープに目標を変えるようなあなたたちが、恐怖に耐えながらレッサードラゴンに戦いを挑んだ咲希に忠告? 笑わせないでよ」


「レッサードラゴン? 嘘だ」

 その生徒は信じられないという顔をしている。その時、アリサは千佳の言葉を思い出した。こういうアホには、ウォーミングアップを行って脅してやれば効果覿面こうかてきめんだと言っていたのだ。


 騒ぎに気付いたギルド職員や冒険者たちが、周りに集まり始めていた。アリサは体内で魔力を循環させ始め、その魔力を増やしていく。そして、アリサの身体から魔力が溢れ出し始めると、強烈な威圧が周囲に広がった。


 睨まれている魔法学院の生徒たちは、青い顔になって震えている。その時、血相を変えた支部長が二階から駆け下りてきて叫ぶ。

「やめてください!」


 アリサはウォーミングアップを中止した。千佳やグリムのウォーミングアップを体験しているアリサには、ちょっとした威圧を放っただけという認識だった。


 だが、他の者たちにとっては違ったようだ。ベテランの冒険者でも顔を強張らせている。

「おい、あれはB級冒険者の結城アリサじゃないか?」

「そう言えば、週刊冒険者で見た事がある」


 それが周りにざわざわと広がった。アリサたちは丁重に支部長室へ案内された。

「結城さん、冒険者ギルドでウォーミングアップは、やめてください」

「冒険者ギルド内でのウォーミングアップを、禁止するという規則はなかったはずよ」


「そうですけど、皆が驚きます。至近距離で威圧を浴びた魔法学院の生徒たちは、怯えていました」

「ちゃんと手加減して、威圧を放ったつもりだったのですが」

「結城さんは、グリム先生の直弟子でしたね。もしかして、グリム先生を基準に考えていませんか?」


「まあ、そういうところもあります」

 隣で聞いていた姫川が納得したように頷いている。威圧が強すぎたようだとアリサは反省した。


 姫川が支部長へ顔を向ける。

「私たちに絡んできた魔法学院の生徒は、呼ばないんですか?」

「あの生徒たちには、後で注意しておきます。ですが、今回の事で学んだはずです」


 レッサードラゴンを倒した件については、支部長から礼を言われた。やはり冒険者のチームが行方不明になっていたようで、危険な存在だったのだ。


 支部長は冒険者ギルドで使うには、ウォーミングアップの威圧が強すぎると注意したかっただけらしい。解放されたアリサたちは、病院に行って咲希の怪我をちゃんと検査してもらった。結果は問題なしである。


 アリサは渋紙市に引っ越す件を咲希と話し合った。


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