第560話 会議の妨害者
邪神眷属の対策は、<障壁跳躍>と<聖光>に注目が集まった。これらは『効能の巻物』が手に入れば、使えるようになるからだ。
攻撃魔法の賢者たちは、<聖光>が生活魔法だけではなく攻撃魔法でも使えるのではないかと考えたようだ。攻撃魔法の効能の中には、光関係の効能がいくつか存在する。その光関係の『効能の巻物』を『奉納の間』で奉納して上位のものを獲得すれば、その中に<聖光>も有るのではないかと考え、光関係の『効能の巻物』を集めようという事になった。
ちょっと休憩するという事になって、俺はトイレに行った。その帰りに松本長官たちが会議をしている大会議場の前を通った時、頭の中にチリンチリンという音が鳴り響いた。俺は急いで『鋼心の技』のスイッチを押す。
俺の精神の周りに二重障壁が構築される。俺は先ほどまで居た会議室まで急いで戻り、賢者たちの顔を見回すと確認する。
「皆さんは、精神攻撃に対する備えを持っていますか?」
ステイシーが俺に顔を向ける。
「ここに居る賢者たちが、精神攻撃を受けているのではないか、と心配しているのなら大丈夫です。全員が『鋼心の技』を身に付けています」
俺が思っていた以上に『鋼心の技』は世界に広がっていたようだ。
「先ほど大会議室の前を通った時、『鋼心の技』の警告音がなりました」
「何だって!」
ルドマンが大きな声を上げる。ステイシーは椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がり、大会議室の方へ走って行った。
残った俺たちも大会議室へ向かう。ステイシーが大会議室へ入ろうとして、警備の警官と揉めている。
「許可のない者は、入れません」
「何を言っているの。私よ」
ステイシーも慌てているようだ。
「ステイシー長官、マスクを外すのを忘れています」
慌てた様子でマスクを取り、いつものステイシーの顔に戻る。それを見た警備の警官は、びっくりした顔で固まった。
その隙にステイシーが大会議室に入る。
「ステイシー長官、急にどうしたのです?」
議長である松本長官が声を上げた。ステイシーは会議の出席者を見回し、一人の男性に注目する。目がとろりとした感じで、大事な会議中なのに集中力を欠いている。
その男はアメリカの魔法庁長官ダグラス・ランドルだった。ステイシーの数少ない友人でもある。
「ダグラス、どうしたのです。しっかりしなさい」
近付いたステイシーが声を掛けても、ランドルの目はうつろなままだった。
周りの人々が、ランドルの異常に気付き騒ぎ始める。
「誰か、救急車を呼んでくれ」
松本長官が指示を出す声が聞こえる。だいぶ慌てているようだ。
俺はランドルに近付いて、ゴーレムコアを取り出した。それは単なるゴーレムコアではなく、『マインドリサーチ』の魔法が刻まれた魔法回路コアCだった。
俺は魔法回路コアCに魔力を流し込み『マインドリサーチ』を発動させる。その結果、頭に浮かんできたのは『異常:精神汚染の影響で思考停止中』という文字だ。
「精神にダメージを受けていますね。この中に精神攻撃を行った者がいます」
「どうして分かるの?」
「この魔道具を使えば、精神状態が分かるんです」
「私に貸してくれない」
俺はステイシーに魔法回路コアCを渡して使い方を教える。
ステイシーは魔法回路コアCを握り締め、友人であるランドルを見詰める。魔法を発動させたようだ。
「ヒイラギ殿の言う通りのようね。犯人は誰かしら?」
ステイシーの言葉を聞いて、ざわっとする。日本の賢者柊木が、初めて大勢の人々の前に姿を現したからだ。但し、顔は東郷平八郎だ。
「この中に反社会的組織の手先が居るようです。一人ずつ調査します」
ステイシーがそう言った瞬間、顔色を変えた人物がいた。イタリアの魔法庁長官である。それに気付いたステイシーが声を上げる。
「カルローネ長官、顔色が悪いですね」
ステイシーが近付いた瞬間、カルローネが強力な精神攻撃を仕掛けてきた。大会議室のほとんどの人々が、頭を抱えてうずくまった。
その中で平気な顔をしているのが、賢者たちだった。俺は『サンダーボウル』を発動し、D粒子で形成された放電ボウルをカルローネに放った。
その放電ボウルがカルローネに命中し、苦悶の表情を浮かべたカルローネが倒れると精神攻撃が止まった。精神攻撃から解放された人々は、何が起きたのか分からず大騒ぎとなった。
「ヒイラギ殿、感謝します」
騒ぎの中、ステイシーが俺に礼を言ってから、カルローネを捕縛するように指示した。警備の警官たちが逮捕して連行する。
それが終わると心配そうな顔をしたステイシーが、ランドルの顔を覗き込む。
「どうして、こんな事に?」
「強力な精神攻撃を受けて、精神が壊れたのかもしれません」
ステイシーが治るのかどうか質問したが、答えられる者は居なかった。生命魔法に精神を治療する魔法が有るのだろうか?
「そう言えば、精神疾患や異常を治す薬が……でも、あれは副作用が有るからな」
「薬を持っているのですか?」
「錬金丹というダンジョン産の薬を持っているのですが、それには副作用が有るんです」
「どんな副作用なの?」
俺は渋い顔をして告げる。
「記憶の一部を消去してしまうのです」
「使わずに治療するのが、ベストという事ね。どうしても治療ができなかった場合は、その薬を分けてもらいたいのですけど、いいかしら?」
「構いませんよ。死蔵していた薬ですから」
錬金丹は二十粒ほどあったので、一粒くらいは良いだろう。それに試す事になったら、副作用の度合いが分かる。救急車が到着したので、ランドルは病院へ運ばれていった。
会議は再開され、まず『ホーリーソード』と『ホーリーキャノン』を広めるという事になったようだ。
賢者会議の会議室に戻った俺たちは、カルローネのような奴が会議に入り込めたのは、なぜだろうと話し合う。
「イタリアでも、魔法庁長官に任命する時に、調査をするはずなんだが?」
エミリアンが腑に落ちないという顔をする。ルドマンがどうでも良いという感じで口を開く。
「カルローネも精神攻撃を受けて、洗脳されたのかもしれないぞ。仕掛けた精神攻撃も雑な感じがしたから、最近になって手に入れた能力だろう」
考えられる事だ。ただ『マインドリサーチ』を魔法庁に登録した時、各国政府が購入し自国の重要人物に対して定期的に使って検査していると聞いていた。その検査で漏れが有ったのかもしれない。
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